【ひと駅車両対談】伝説のバーテンダーに教わる「接客の極意」。銀座「MORI BAR」毛利隆雄 × 東京メトロ 中島竹夫

銀座線沿線の街で活躍する方々をお招きし、お話を伺う対談企画「ひと駅対談企画」。今回は、銀座駅にある「MORI BAR」店主、毛利隆雄さんにご登場いただきました。世界に名を轟かすバーテンダーのレジェンドから、接客の神髄、コミュニケーションの極意を学びます。

毛利隆雄

毛利隆雄(もうり たかお)
MORI BAR店主&バーテンダー。さまざまな名店を渡り歩いた後、1997年、銀座にMORI BARを開店。84、85年と全日本バーテンダー協会(NBA)主催のカクテル・コンペで2年連続日本一となり、87年には日本代表として世界大会に出場。味・技術部門でともに最高点を叩き出し、優勝した。福岡県出身。

中島竹夫

中島竹夫(なかじま たけお)
東京地下鉄株式会社、営業部所属。昭和50年入社以降、赤坂見附駅や日本橋駅ほか、さまざまな駅の業務に携わる。現在は社員に向けた各駅の年間教育プログラムを計画、実施中。埼玉県出身。

MORI BAR

殿堂であり、学び舎でもある銀座「MORI BAR」

中島 本日はお会いできて大変光栄です。伝説のバーテンダーとして名高い毛利さんですが、この世界に入られたきっかけはなんだったのでしょうか。

毛利 私の場合はまず、学生アルバイトでこの世界に入って、そのまま残ったクチです。ただ最初はまったくお酒が飲めなくて。

中島 おお、最初はお酒がお得意ではなかったんですね。反面、親近感もわきます。というのも、私も最初から電車が大好きで入社した、というわけではありませんでした。入社以来、さまざまな駅の勤務を経て、現在は社員向けの教育プログラムを作成、指導する立場にあります。それにしても、お酒が得意なわけではないのにバーテンダーの職に就いて、いったいどうやって仕事のモチベーションを保っておられたのか気になります。

毛利 ライバルだと思っていた先輩が、全日本バーテンダー協会主催のコンテストで日本一になったことがのめり込むきっかけのひとつですね。これは負けられないと思い、僕もバーテンダー協会に入ってチャレンジしたわけです。

中島 相当負けん気が強い方だったのでしょうね。

毛利 はい(笑)。自分に優勝できる力がついてからは、バーテンダーの学校やスクールで講師もするようになりました。19年間で6000人の教え子がいまして、彼らの半分はこの店で研修しているんです。

中島 MORI BARは殿堂でもあり、学校でもあるのですね。ここから数々の名バーテンダーの方々が巣立っていったのかと思うと、とても感慨深いです。こちらのお店を構えてちょうど20年ということですが、銀座という街の印象を聞かせていただけますか。

毛利 銀座にMORI BARを構えたのが1997年で、それまでは霞ヶ関で働いていました。店が大蔵省(現財務省、金融庁)の近くだったので、仕事の途中で一杯だけマティーニをカッと飲んですぐ仕事に戻られたり、夜中に一杯だけ飲んで帰られるような官僚のお客様がたくさんいらっしゃいました。対して銀座はもっと華やかな印象でしょうか。最近は若い方と外国からの方々が多くなりましたが、昔みたいに朝まで飲まれるようなお客様はめっきり少なくなりましたね。終電でサーッと引けてしまいます。

MORI BAR

客を諭す!? 毛利流コミュニケーション術とは

中島 今回いちばんお話聞きしたいのが接客についての考え方です。いかにお客様の要望を受け取り、どんなサービスを提供すべきなのか。我々には常に課題となっています。毛利さんは、お店でお客様とどう向き合っているのでしょうか。

毛利  私の場合、バーへ飲みに来るほどお酒が好きな方には、こちらから「こういうものを飲んでみてください」とおすすめするんです。バーテンダーとして一本立ちした当時から「お客様を教育しよう」という気持ちがあったんですね。もちろん、アルコールの強さ加減や甘さ加減など、好みの傾向はちゃんと聞きますけれど。で、お客様のほうもだんだん慣れてくると、今度はカクテル名じゃなくて「白ちょうだい」「黒もらえる?」となる。白はマティーニ、黒はハバナマティーニのことですね。

中島 バーならではのコミュニケーションですね。徐々に信頼関係が築かれてくるというか。お客様を教育するというのは、我々東京メトロとしてはできないところですね(笑)。ただ、片側通行をお願いしたり、トイレをきれいに使っていただいたり、電車に無理に乗ろうとするお客様には極力ご遠慮いただくなど、お客様に「慣れて」いただく部分はありますね。毛利さんの、カクテルを積極的にすすめていく接客スタイルはいつごろから確立されたのでしょうか。

MORI BAR

毛利 1987年にローマでの世界大会にはじめて日本代表として出場して、自信をつけて帰国してからですね。私には、スタンダードなカクテルはもちろん、誰にも負けないマティーニとハバナマティーニという武器がありましたから。

ただ、最初この世界に入ったころ、先輩から「とにかく自分からはしゃべるな」と言われましてね。それからは、聞かれたことに対してだけ答えようとする姿勢になりました。ただし、お客様の話を常に一生懸命聞いてあげなきゃいけない。うわの空で聞いちゃいけないというのはありますから、距離感には気を遣いますね。

MORI BAR

大切なのは「ベストな接客法を考え抜く努力」

中島 毛利さんのお話をうかがっていると、業種による接客やサービスに対する考え方の違いが浮き彫りにされて、非常に興味深いです。

毛利 ひとつ言えるのは、マニュアルに対する考え方の違いでしょうか。以前、ホテルに務めるバーテンダーのコンテストの審査員を任されていたんですが、私は必ずといっていいほど出場者を酷評していました。褒めないどころか、コキおろすわけです。なぜかというと、ホテルのバーテンダーはサラリーマンだから、カクテルは全部決められたレシピでしかつくらない。サービスも一緒。完全に均一化していて。

中島 そのホテルの味を誰でもつくれるように教育されているはずでしょうから、当然といえば当然なのかもしれませんね。東京メトロは、基本的には毛利さんのスタイルとはむしろ逆で、まずは駅員みんなにマニュアルに沿って接客を覚えてもらいます。そのことが結果的に、安全やサービスの向上につながっています。

毛利 地下鉄を日々利用している我々のような立場としては、その方が安心できますからね。もちろん私たちも、自分なりの工夫をする前にバーテンダーとしての基本はしっかり押さえておく必要はあります。でも、バーテンダーという商売はもっとお客さんをわくわくさせたり、お客様の要望の一歩先をいくようなことをしないといけない。海外の同業者を見てきた私からしたら、やっぱりホテルの接客、つくり方では物足りないわけです。だからそういう子たちには口うるさく言いましたよ、「街のバーに行って勉強しなさい」とね。お客様を魅きつけて、飽きさせないためにはどうすればよいか、街のバーテンダーたちの仕事ぶりは非常に参考になりますから。

中島 自分の接客が本当に適切なのか、同業者を見ながら客観化する機会は大事ですね。その点で言うと、東京メトロでは「接客選手権」というかたちで、研修やコンペを行うことで自分たちの接客を常に見直すよう務めています。

毛利 接客には、決して「正解」はありません。ホテルの均一化されたサービスを好むお客様もいますから、それはそれでいいわけです。そこが難しいところ。

中島 毛利さんのお話をうかがっていて、接客に対する考え方は違っていても「状況によってどんな対応の仕方がベストなのかを常に考え抜く」という点は共通していると思いました。東京メトロとしても、いわゆる既成のマニュアルだけでは、イレギュラーな事態に対応できなくなってしまう恐れがあります。そんなとき、お客様にとってもっとも安全だと思われる対応を自分で的確に判断し、実行できる人間をこれから育てていかねばなりません。

MORI BAR

伝説のマティーニを求め、海外からの受講生も

中島 これから2020年に向けて、海外からの観光客がますます増えると思います。こちらのお店では普段から外国人のお客様が多くいらっしゃるそうですが。

毛利 うちの場合は、外国人のお客様の多くはバーテンダー。アジア人の方が多いですが、最近ちょこちょこっと欧米からのお客様もいらっしゃいますね。みんなテクニックを見にくるんですよ。「マティーニをつくるところを撮っていいですか」って、動画を回しながらね(笑)。

中島 すごい! 海外からも"受講生"が絶えないんですね。毛利さんの代名詞であるマティーニを注文されるお客様は何割くらいですか。

毛利 基本的に注文の8割がカクテルなんですが、そのなかの6割がマティーニとハバナマティーニで、いずれも半々くらいです。外国から来たバーテンダーのお客様も、最初は必ずマティーニをオーダーされますね。

MORI BAR

毛利さんに、銀座線をイメージしたカクテルをリクエスト。氏の代名詞であるマティーニを応用したオリジナルカクテル「テンマティーニ」をつくっていただいた

中島 ちなみに外国のお客様との会話は......。

毛利 うちの若い人間は英語が多少できるので、ほとんどまかせています(笑)。

中島 毛利さんから見て、日本のバーテンダーのレベルは上がっているのでしょうか。

毛利 日本人は繊細で器用ですから常にトップクラスです。どの世界大会でも、みんな日本人がやるときだけ熱心に見に来るんですよ。日本の地下鉄もトップクラスと聞いていますが。

中島 確かに海外出張へ行った同僚から「あれだけの過密ダイヤを回しきっているのは神業だ」と言われますね。特に、朝夕の朝夕のラッシュ時は1秒単位の戦いですから。

毛利 海外からの観光客も最初はさぞや驚くでしょうね。外国人への対応はどうされているんですか。

中島 外国のお客様が多い駅では、事故や列車の遅延などが起きた時すぐに情報提供できるよう、ボードに決まったフレーズを英語で書いておいて、事故の際にはそれを掲示してお知らせするなど、常日頃から準備を心がけています。ただ、まだまだ駅員全員が英語での対応ができているわけではないのが現状なので、社内で英語教育のプロジェクトを立ち上げました。朝の点呼で実用的な英語のフレーズを覚えるなど、いろんな取り組みを行っていますが、どんな駅員でも一定のコミュニケーションができるよう教育していくのが私の役目です。

毛利 私自身も痛感していますが、後進の指導は大変な任務です。緊張が続く毎日だと思いますが、たまにはバーで一服してください。

中島 ぜひこちらのお店で、そうさせていただきたいと思います。本日はどうもありがとうございました。

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