売り場・乗り場よりも大切なものがある。三越とメトロの考える、新しいコミュニケーション【ひと駅車両対談】

毎回、銀座線沿線のまちで活躍する方々をお招きし、お話しを伺う「ひと駅車両対談」。今回取り上げるのは三越前駅です。駅名が示すとおり、ここは国内最初の百貨店である三越日本橋本店と深い関わりを持っています。そこで、三越日本橋本店長、中陽次氏をお招きし、東京メトロとともに歩んできた歴史から、全館リモデルまで、互いの「過去・現在・未来」について語り合いました。

※対談の収録は2017年3月10日に行いました。記事内の情報は同日時点のものです。

三越伊勢丹中陽次氏

中 陽次(なかようじ)
株式会社三越伊勢丹営業本部 常務執行役員 三越日本橋本店長。伊勢丹新宿本店店長時代に同店のリモデルを成功に導く。その手腕が評価され、2017年3月まで三越日本橋本店長を務め、三越日本橋本店のリモデルを指揮。過去の伝統にとらわれない大胆な改革手法が注目される。

東京メトロ野焼計史

野焼 計史(のやきかずふみ) 
東京地下鉄株式会社取締役、技術士(建設部門)。1984年帝都高速度交通営団(現東京メトロ)入団後、建設本部、経営企画本部、鉄道本部を経て現職。銀座線をはじめ、東京メトロにおける数々の建設事業およびリニューアル事業を手がける。

三越前駅は三越のオーダーメイド駅!?

MORI BAR

野焼 本日はよろしくお願いします。銀座線は昭和2年(1927年)に浅草―上野駅間が最初に開通し、その後昭和7年(1932年)4月に神田―三越前駅間が開通しました。三越前駅は三越の資金提供によってつくられた駅。他の駅よりも広い9メートル幅のホームを誇り、日本の地下鉄ではじめてエスカレーターを導入しました。さらに、三越日本橋本店への連絡通路はフランス人の空間芸術家ルネ・プルー氏が、イタリア製の大理石を使ってアール・デコ調に仕上げています。東京メトロの歴史においても、ここまでひとつの企業と関わりの深い駅は他に見当たりません。私たちにとっては90年来の恩人であり、駅づくり、街づくりのパートナーだと考えています。

 非常に光栄です。私たち三越日本橋本店は大正3年(1914年)に開業しました。その後、大正12年(1923年)の関東大震災で内部が焼けてしまいましたが、補修して再び開店したのが銀座線の上野―浅草間開通と同じ昭和2年です。その工事と同じ時期に三越前駅をつくりたいと東京メトロ(当時は東京地下鉄道)に申し入れたわけで、当時の思いとしては「地下鉄を降りたら三越」という具合にしたかったのではないでしょうか。実際、駅内のエスカレーターは店内のものとまるで同じ仕様でしたから。

野焼 当時、日本橋などのデパートは最寄りの鉄道駅がなく、省線(現在の山手線)の駅からお客様をバスで運ぶなど、すごく苦労されたという記録が残っていますね。

 おっしゃるとおりです。日本橋界隈は江戸時代にはいちばんの商業地でしたが、三越開業の頃は金融街になっていました。ですから、お客様を呼ぶのに一生懸命で、あの手この手で宣伝していたようです。そこへ銀座線が通ると知って、これは大きなチャンスになると考えたのでしょう。

いま必要なのは、すべてを見直す「商売のリデベロップメント」

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野焼 現在、銀座線と同じく、大規模なリニューアルを推進中と伺っています。

  そうなんです。三越日本橋本店の最大の特長は、江戸の庶民文化がはじまった日本橋の目の前にあるということ。これはどの百貨店も真似できません。そこで、これからはもっと「文化を売る店」になろうと考えています。この50年ほど、百貨店はファッションを追いかけてきましたが、それだけではもう立ち行かなくなっています。そこでもう一度創業の精神に立ち返り「カルチャーリゾート百貨店」というスローガンをつくりました。すなわち、文化に浸って楽しむ、「文化浴」ができるところ。古くから続く「調和や自然を敬う」という日本の文化を世界の方々に味わってもらい、本当の意味での豊かさを提供できる場所でありたいと思っています。

野焼 リニューアルというレベルには留まらないわけですね。

 ええ、単なるリニューアル/リモデルではなくて、すべてを見直す「商売のリデベロップメント(再開発)」です。

創業の精神を現代風にアレンジしていく、と言えばよいでしょうかね。創業当時、経営の中心だった専務の日比翁助は大変な文化人で、著名人による流行研究会を組織したり、博覧会のようなものを開いたりして、店舗を博物館兼小売店のような形で運営していました。それがお客様に受け入れられて成長したわけで、今の百貨店のように売上と利益を追求するだけではなかなか未来が見えてきません。

アートを前面に出し、NOと言わない接客を

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野焼 さきほど商売のリデベロップメントとおっしゃいましたが、具体的にはどんなことを変えていくのでしょうか。

 まず、商品の陳列が減り、お客様が座ってお茶を飲める場所が増えます。本館1階中央ホールの天女像の周りでは宝飾品を売っていますが、そこをカフェにします。それから今6階にアートギャラリーが5つほどありますが、低層階にもギャラリーをつくります。そうすれば、お客様は入店された瞬間にアートを扱っていることがわかります。実は三越日本橋本店は創業以来アートを重視してきたお店で、絵画、工芸品、現代アート、彫刻まで含めてアートの売上は同業他者の中でも抜きん出ているんです。

野焼 かなり大胆な改革ですね。構想を聞けば聞くほど、その本気度が伝わってきます。

 もうひとつ、決めていることがあります。それは「接客では絶対に断らないこと」。普段、お客様からは難しいご依頼がたくさんあるのですが、百貨店ではお断りすることも少なくないんですね。ただね、日本橋三越本店はお客様にとことん向き合い、ご要望に応えるような接客を目指したいと思うんです。従業員全員が心がけ、完全に実行できるには4、5年はかかると思いますが、商品がなければ取り寄せたり、つくってもらったりするような商売の仕方に変えていきたいと考えています。

「着物のまち」をコンセプトに、三越前駅も生まれ変わる

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野焼 銀座線も今年は開通90周年ということで、「伝統×先端の融合」を最上位概念にし、リニューアルに取り組んでいます。新しい地下鉄は線路がどんどん地下深くになっていますが、銀座線は地上にもっとも近い地下鉄であることが最大の特長です。そこで「まちの地下1階」として地域とつながり、遊び心ややすらぎを感じ、スムーズで分かりやすい移動ができるようにしたいと施策を実施しています。

 リニューアルの中身が気になるところですね。

野焼 具体的には、駅の改装、開通当初の旧1000形をモチーフとした黄色い1000系への車両更新、施設のバリアフリー化やホームドアの設置、全線を5つに分けたエリアコンセプトに基づく駅の改装(浅草から神田までは下町エリア、三越前から京橋までの商業エリアなど、5エリアに区分)などを行います。駅の改装は従来は、社内でプランを立てていましたが、今回はエリアごとに公募によるデザインコンペによってアイデアを広く募り、実施計画に落とし込んでいます。

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 三越前は商業エリアに入るようですが、どんなデザインが採用されたのでしょうか。

野焼 三越前駅は「着物のまち」という提案が採用されました。たとえば、ホームの柱には着物の生地をライトアップし、通路はアール・デコの装飾で格式の高い落ちついた雰囲気を出すなど、さまざまなリニューアルを計画しています。

 いいですね! 三越はもともと呉服店の越後屋からはじまっていることを考えれば、大歓迎です。三越日本橋本店は、2017年6月頃から改装工事に入り、本館1階と新館1、2階は2018年3月までに終了する予定です。全館リニューアルは、10年以内に完了する計画です。

「乗って、楽しんで、出会えるまちづくり」をともに目指す

野焼 銀座線のリニューアルとひと口にいっても、駅のデザインを変えるだけではありません。従来の移動手段というだけでなく、お客様のためになるサービスとして、駅ナカワークスペースやクロークサービスなどを計画しています。

 今まで電車は移動手段でしたが、「ななつ星」(JR九州)や「TRAIN SUITE四季島」(JR東日本)が話題を呼んでいるように、乗車する体験そのものを楽しむ人が増えています。ですから、東京メトロが遊び心や安らぎといった感性で駅や車両をつくるのはとても大事だと思います。なにより「まちに出よう」「遊びに行こう」というモチベーションになりますから。

野焼 銀座線も同じ方向を向いていきたいですね。

 百貨店も「買い物する場所」から「遊びに行く場所」「文化を享受する場所」への転換が必要で、銀座線が進めているリニューアルコンセプトとまったく一緒です。銀座線に乗るのも楽しい。行った先の三越で芸術についておしゃべりするのも楽しい。そこで何かに出会って帰ってきた。そんな形に一緒につくっていくことができれば、相乗効果は大きいでしょう。イベントは大得意ですから、駅構内のイベントも一緒に考えて、おおいに盛り上げていきましょう。

野焼 ぜひ、こちらこそお願いしたいと思っています。今までは駅は駅、周辺のまちはまちと考えがちでしたが、今後は駅を「まちの地下1階」と位置づけ、ともに連携していく取り組みが重要になります。大正の関東大震災後の新装開店から数えれば誕生から90年。お互いにちょうど同い年なのも強い縁を感じます。これからも力を合わせていろいろなことをやっていきましょう。

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