稲荷町駅は長屋や伝統工芸を取り込んで生まれ変わる【工事の進捗いかがですか】

銀座線開通90周年にあわせて進行中の銀座線リニューアル工事。今回は稲荷町駅を訪ねました。これからいったいどのような姿に生まれ変わるのでしょうか? リニューアル工事のまっただ中、真夜中の稲荷町駅に潜入しました!

稲荷町駅といえば、都内で最も古いとされるお稲荷様、下谷神社を思い浮かべる方も多いのではないでしょうか。この下谷神社は、江戸における寄席発祥の地でもあり、境内には「寄席発祥之地」と刻まれた石碑も建てられています。

そんな稲荷町ゆかりの噺家に、林家 彦六(八代目林家正蔵)がいます。八代目林家正蔵は「稲荷町の師匠」とも呼ばれ、およそ45年にわたって稲荷町駅近くにあった四軒長屋に暮らしていました。そんな長屋の世界をモチーフとした空間が今、リニューアル後の銀座線稲荷町駅に生まれようとしています。

2つのチームがタッグを組んで行われる駅のリニューアル工事

工務部・吉田祥さん(左)、改良建設部・渡邉祐介さん(右)

稲荷町駅ではリニューアルにあたってエレベーターが増設されます。そのため現在は、地下を掘り進め通路を広げる作業が行われています。まずは、改良工事部の渡邉さんに、その地下空間を案内してもらいます。

銀座線の駅リニューアル工事では、東京メトロの2つの部署が主な工事を担当。それは、鉄道本部に属する「改良建設部」と「工務部」です。「改良建設部」の担当する作業は、地下を掘り進んだり、壁を作るための補強をしたり、お客様の目に見えない部分をつくる基礎的な作業。「工務部」の担当は、ホーム壁面や通路などお客様が実際に目に触れる箇所の仕上げ作業です。

通常は「改良建設部」が終わってから「工務部」の出番といった流れで工事が行われますが、稲荷町駅では並行して作業が進んでいます。

稲荷町の地下に広がる男のロマンと大正ロマン

稲荷町駅の渋谷方面行乗り場につながる1番、2番出入口。このうち2番出入口が閉鎖され、リニューアル工事が行われています。深夜0時前、浅草通りの交通規制がはじまると、いよいよ工事がスタート。普段はたくさんの車が通っている道路の下が今回の作業現場です。道路には既に大きな穴が開いていて、工事をしていないときは鉄板で塞がれています。その鉄板を1枚だけ外してのぞきこんでみると...

そこには巨大な穴があいていました! 深さおよそ6m、建物にして地下2階にあたる場所で、稲荷町駅の通路を拡幅する工事が進行中。穴のなかで作業をしている方の姿も見えますね。

いざ、我々も潜入!途中までは作業用の階段が設置されていますが、最深部へはハシゴで降りていきます。男のロマンを感じる、ちょっとした探検隊気分。

赤枠内が鉄鋼框

地下に広がっている大きな空間には、大きな鉄骨と多くの管がありました。土のなかから現れた巨大な鉄骨は、「框(かまち)」と呼ばれるもので、日本の地下鉄では銀座線だけに使われている構造。国内初のH型鋼を大量に使用した鉄鋼框構造(てっこうかまちこうぞう)*1であることなどが理由となり、銀座線(浅草駅〜新橋駅間)の土木構造物は、平成20(2008)年に土木学会の「選奨土木遺産*2」に認定されているんです。

*1 框構造とは、柱と梁を格子状に組み、その接合部を固定している構造のこと

*2選奨土木遺産とは、社団法人土木学会が、日本国内の歴史的建造物の中から、重要な土木構造物を保存することを目的として「土木遺産」に認定する仕組みのこと

銀座線の建設工事は、大正時代末期からはじまりましたが、当時はまだ、鉄筋コンクリートの技術が確立されていませんでした。そのため地下における強度を確保するために、框構造が採用されているんです。つまりは、大正時代の最先端技術が土のなかから姿を現したということ。

大胆且つ繊細に!埋設物を乗り越えて...

「ただ大きな穴を掘ればいいわけではなく、丁寧に穴を掘っているんですよ!」。そう、誇らしげに語る渡邉さん。稲荷町駅のリニューアルでは、出入口などを一旦、取り壊す工事が行われていますが、実はコレ、ただ壊しているわけではありません。時には人間がスコップを使って穴を掘ることもあるのですが、これには大きな理由があるそう...。

渡邉さんに言われて上を見上げてみると、なにやら赤い札が何かからぶら下がっています...

それは、地下に埋設された無数の管! 東京の地下には電気、水道、ガス、電話をはじめとした我々の生活を支えてくれるライフラインがたくさん埋まっているんです。これらを工事によって傷つけることは絶対にあってはいけません。それゆえ細心の注意を払って、ときには手作業で地下を掘り進める工事が進められているんです。では、次はホームに移動して、工務部の進捗をみていきましょう。

コンセプトは「長屋」のある家並み

ここからは工務部の吉田さんに案内をしてもらいます。ホームに降りてくると仮囲いが設置されて、工事が行われていました。実は稲荷町駅は、銀座線の中でも特に小さくホームが狭い駅。そのため通常の駅では、仮囲いを設置したままその裏で工事が行われるところ、稲荷町駅では、ホームの仮囲いを設置したり外したりを繰り返しながら、お客様の通路を確保しているんです。「ならば、ホームを広げて工事を...」と思いたいところですが、残念ながらそれはNG。地下には既にたくさんの埋設物が埋まっていますし、何より銀座線のホームは框構造ですから、建築の自由度も低いという厳しい条件が重なっています。

仮囲いの向こう側はどうなっているのでしょうか...

さあ、稲荷町駅の工事の進捗状況は如何ばかりか?

オーッ! 既にホーム壁面は黒い壁と木目調の格子で落ち着いた雰囲気に。今後この格子窓には照明が仕込まれて、まるで長屋の窓から明かりがこぼれているかのように仕上がる予定。やっぱり木目の温もりある空気感って、イイですよね!

木目の格子を取り付けるために、まずは金属を壁に固定します

お邪魔した日は、格子をひとつひとつ取り付ける作業が行われていました。まず、手作業で、手際よく金具がとりつけられていきます。その金具に木目調の格子をはめ込んでいきます。格子窓ができあがるにつれて、ホームの雰囲気がぐっと柔らかくなりました。できあがったら、これは何とも居心地のいいホームになりそうです。

画像赤枠部分がショーケースになります

格子窓と格子窓のつなぎ目には、ショーケースのスペースが設けられていました。このなかには、「江戸切子」をはじめとした「東京銀器」や、「江戸からかみ」など、職人さんによる工芸品が展示されることになっています。稲荷町の改札を出て、30段あまりの階段を上れば、そこは「浅草仏壇通り」に代表される腕ききの職人さんが集う街。そんな街の雰囲気を、ホームに降り立った瞬間から感じることができるようになるんですね。

長屋のひさしで開放感を! 居心地のいい駅へ

興味深いのが天井です。稲荷町でも配線などを納める二重天井がつくられていますが、銀座線のラインカラーの上に、シルバーの金属が斜めに配置されているのが分かりますか? 実はこれ、長屋のひさしが連続しているかのようなデザインの天井をつくる準備をしているんです。ちょっと斬新ですよね。これは、天井が低い駅を少しでも開放的に感じて貰うための工夫のひとつなんだそう。

省スペースの試みは、ベンチにも表れています。コチラのスペースには、埋込み式のベンチが設置されることになっています。

一方、渋谷方面行きのホームでは、トイレのリニューアルも進行中でした。パウダーコーナーが新設され、ベビーシート、ベビーチェアの増設も行われる予定です。

駅をつくるんじゃない、街をつくるんだ!

温かみのある木目調のタイルでコンコースはリニューアルされている

「駅をつくろうと思ってませんよ。街をつくるつもりでやっています!」、すでにリニューアルされたコンコースをバックに、力強く話してくれた吉田さん。昔の稲荷町駅の図面を見ると、限られたスペースで必要最小限の設備だけを備えた簡素な駅だったことがうかがえるそうです。

90年という歳月を経て、街の進化とともに、駅にも進化が求められるようになりました。長屋や伝統工芸品といった稲荷町の要素を取り入れてリニューアルする稲荷町駅の完成にご期待下さい。

(参考)「落語美学」(江國滋著・ちくま文庫)
「八代目正蔵 戦中日記」(八代目林家正蔵著・青蛙房)

望月崇史(もちづきたかふみ)

書いたひと:望月崇史(もちづきたかふみ)
1975年静岡県生まれ。放送作家。 ラジオ番組をきっかけに始めた全国の駅弁食べ歩きは足かけ15年、およそ4500個! 放送の合間に、ひたすら好きな鉄道に乗り、駅弁を食して温泉に入る生活を送る。 ラジオの鉄道特番出演、新聞・雑誌の駅弁特集でも紹介。 現在、ニッポン放送のウェブサイトで「ライター望月の駅弁膝栗毛」を連載中。
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