90年前の銀座線には隅田川につながる幻のトンネルがあった!その謎とは

1927(昭和2)年に開通した銀座線は今年(2017年)12月30日で90周年を迎えます。東洋初の地下鉄として長い歴史を持つ銀座線。かつて銀座線には隅田川まで通じていた幻のトンネルがありました! 今回は、開通当時の田原町〜浅草駅間に存在していたというその姿に迫ります。

幻の隅田川トンネルは何のために...?

銀座線の建設は、1925(大正14)年に着工されました。銀座線は日本で最初の地下鉄であるため同様の工事の前例がなく、難航続きだったといわれます。まずは上野駅から浅草駅までの区間の開通工事を行っていたこの工事なのですが、なんと浅草〜田原町駅間に隅田川まで通じるトンネルがあったのです! 走行区間でもない隅田川までのトンネル、いったいなんのためにつくられていたのでしょうか。

このトンネルは、地面を掘削することで生じる土砂を、トロッコに乗せて隅田川の桟橋まで運ぶために使われていました。そこから船に乗せて埋立地へと土砂を運んでいたのです。線路や電車を地下へ通すためのものではなかったんですね。

銀座線のトンネル開通工事は手作業だった!

では、電車を通すための銀座線のトンネルはどのようにつくられたのでしょうか。当時の作業風景を見てみると...

人がたくさんいて、トロッコのようなものに土を積んでいますね。

なんと、この工事はほぼ全てが手作業で進められていたのです! 現代のように、ドリルなどの機械はありません。当時はスコップやつるはしなどを使いながら、人力で上野〜浅草駅間(2.2km)を掘り進めていました。

地上から溝を掘るようにしてつくられたトンネル

開削工法で掘られた穴を覗き込む人々

トンネルを掘るというと、トンネルの入口からゴールに向かってまっすぐ穴を掘り進めるというイメージがありますが、銀座線の初期のトンネルの掘り方はちょっと違います。当時は「開削工法」という工法で工事が進められていたので、地上から地下に向かって地面を掘っていました。すなわち、穴を掘るというよりは、長く深い"溝"を掘っていたのです。

こうしてつくられたトンネルに、やはり手作業でレールを運搬、設置することで地下鉄の線路ができあがり...

1927(昭和2)年12月30日に、銀座線は開通し、上野〜浅草駅間をつなぎました。当時はレモンイエローの1000形車両が3分間隔で運行。開通初日には始発から乗客が殺到し、午前中だけで4万人を超えるお客様が乗車したといわれています。

手作業の工事で無事開通した銀座線。90年前の苦労は想像するだけでも大変なものです。90年前の先人の苦労を胸にきざみながら、私たちは今日も電車を走らせます。

(写真所蔵:地下鉄博物館)

Metro Walker 2017年夏号より

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