上野駅のドリーム駅弁をつくったら、大正・昭和に日本に吹き込んだ食文化の息吹を感じた【銀座線ドリーム駅弁】

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書いたひと:下関マグロ
山口県出身。東京都台東区在住。東京の街歩き、食べ歩きなどを中心に執筆活動をしているフリーライター。近著には『歩考力』(ナショナル出版)、『町中華とはなんだ 昭和の味を食べに行こう』(立東舎/共著)などがある。

上野駅のドリーム駅弁をつくるよ!

本来ならありえない、東京メトロの駅弁をつくってしまおうというのが、地下鉄の90周年をきっかけにはじまった銀座線ドリーム駅弁プロジェクト。今回は上野駅。これまで、日本橋新橋浅草京橋神田渋谷赤坂見附といった駅のドリーム駅弁をつくってきたのだけれど、今回は上野駅周辺の老舗の協力を得て、とびっきりの駅弁を完成させたい。

この曲げわっぱのなかに、上野駅のおいしいものを詰めこんでいくよ!

ヒレカツ専門のとんかつ店「蓬莱屋」

まず、最初にうかがったのは、日本ではじめてヒレカツを提供したという蓬莱屋さん。諸説あるが、上野はとんかつ発祥の地といわれている。こちら、蓬莱屋さんは1912(大正元)年に松坂屋の裏で屋台としてスタートしたそうだ。それまでのとんかつといえば、ロース肉を使っていたが、それをヒレ肉にして提供したところ人気となり、ほどなく店を構えることになった。

1914(大正3)年にこの場所で創業。現在の建物は1952(昭和27)年に建てられた

扉を開けると目の前には白木のカウンターがLの字になっている。厨房のおふたりが迎えてくれた。

右がチーフの張権(チョウ・ケン)さん、左が山岡良有(ヤマオカ・ヨシトモ)さん

こちらのお店は映画監督の小津安二郎氏が通ったことでも有名だが、小津に限らず多くの著名人がひいきにしている。

山岡さんにお話をうかがった。

──蓬莱屋さんという店名はどういう経緯でつけられたのでしょう?

「もともと屋台でしたので名前がなかったんです。それで店を構えるときにお客様につけていただいたのだと聞いております」

──小津安二郎さんは、お店に来られただけではなく、ご自分の映画にこちらのお店を登場させているそうですね。

「はい、『秋日和(あきびより)』のなかで、松坂屋の裏のとんかつ屋へよく行くといったセリフがありますね」

──セットでもこちらのお店を再現されたとか。

「それは『秋刀魚の味(さんまのあじ)』のセットですね。うちの2階を再現したセットを撮影所につくって、そこでとんかつを食べるというシーンを撮影したそうです」

こちらが、蓬莱屋さんの2階。

いかにも小津作品に出てきそうな和室だ

ちなみに『秋日和』は1960(昭和35)年公開。『秋刀魚の味』は1962(昭和37)年公開で、60歳で亡くなった小津の遺作となっている。

──とんかつを2度揚げするというのも蓬莱屋さんがはじめたそうですね。

「ラード(豚の脂肪)とヘッド(牛脂)を使った揚げ油で、まず、高温の油で表面をかため、その後、低温の油でじっくり火を通します」

揚げ油の入った鍋。左が220度、真ん中と右が170度に調整されている

それでは、チーフの張さんにお料理をしていただこう。

張さん

2度揚げすることで、かつは褐色に近い濃い揚げ色となり、サクッとした食感が生まれる。さらに上質の肉汁がジュワーっと口のなかに広がる。

揚げ物のいい香りが漂ってきた。できあがったようだ。

張さん

おかずをいただいていく。まだ中身は内緒だ

長年愛され続けるふぐの名店「さんとも」

さて、お次にうかがったのは、上野アメ横にあるふぐの名店、さんともさん。創業は1928(昭和3)年という老舗だ。

自家製のポン酢を使っているこだわりのある老舗ふぐ店

なにげない外観だが、実はこのお店の歴史は目を見張るものがあるのだ。迎えてくれたのは3代目の真貴田雄一さん。

3代目の真貴田さん。初代が祖父で母が2代目だそう

──こちらのお店、東京で初というものがあるそうですが?

「ああ、それはふぐの調理師免許のことですかね。ちょうど戦後の食糧不足のときのことで、安全にふぐが食べられるようにと祖父が東京都の免許制度の創設に尽力したんですよ。これが祖父のふぐ調理師免許なんです」

初代の都知事、安井誠一郎の時代に発行されたふぐ調理師免許

そのほか、店内にはお店の初代、宮崎登さんへの感謝状や表彰状などが何枚も掲げられている。歴代の首相の名前が書かれているのがすごい。

──とらふぐさしが1500円って、安いですね。

「そうですよ、儲けなしでやってんですから(笑)」

──メニューに冷やしひれ酒とありますが、珍しいですよね。普通は温かいでしょ。

「ええ、これはうちのオリジナルなんですよ。冷たいと、なかなかダシが出ないので、普通のよりひれ酒よりもたくさんのひれを使っているんです。これですね」

冷やしひれ酒 1050円

──えっ、電球に入っているんですか?

「おもしろいでしょ、私のアイディアでね、この容器はかっぱ橋でつくってもらっているんですよ」

──いろんな工夫があるもんですねえ。3代目は、子供のころから上野を見ていらっしゃいますけど、上野は変わりましたか?

「そりゃもうずいぶん変わりましたね。昔はね、ガラが悪い人がずいぶんいましたよ。子供のころは、親からはそういう連中とはかかわるなと言われていましたね。まあ、実際はつきあっていましたけどね(笑)。ただ、そういう人たちは、最近はほとんどいませんね」

──現在はお店は何人でやってらっしゃるのですか?

「3人です。僕と女房と母親。母親はね、91歳なんですけど、レジやってくれているんですよ」

と、お料理ができたようです。

真貴田さん

「はい、もっていきな」

と手渡されたお料理。ドリーム駅弁初のナマもの、ふぐさしだろうか。こちらも、内容はまだ内緒だ。

創業から100年以上の歴史を持つ「洋食 黒船亭」

最後にうかがったのは「洋食 黒船亭」。1902(明治35)年、初代の須賀惣吉が栃木より上京して、上野公園下に料亭「鳥鍋」を開店した。これがそもそものはじまりだった。

大正時代、初代と2代目が今の洋食 黒船亭の場所でカフェ菊屋を創業。当時としては珍しい輸入品のお酒やハヤシライスを出す店だった。

気楽に入れて、それでいて本格的な洋食がいただけるお店

1969(昭和44)年に今のビルが建ち、4階にステーキハウスとフランス料理の店、
キクヤレストランをオープン。
この店にはジョン・レノンとオノ・ヨーコも訪れている。

中央でテーブルについている2人がジョン&ヨーコ。写真の下には「昭和54年(1979年)8月 ご来店」とある

1986(昭和61)年、3代目の光一さんがキクヤレストランから現在の洋食 黒船亭にリニューアルオープンした。

迎えてくれたのは4代目の須賀利光さん。

30歳まではサラリーマンをやっていたという4代目の須賀利光さん

──4代目はどこかで修業をされたのでしょうか?

「修行の経験はないんです。もともと家業を継ぐ気はなくて、サラリーマンをやっていたんです」

──ああ、そうなんですね。どんなお仕事をされていたんですか?

「8年ほどシステムエンジニアをやっていたんですが、仕事で接するのは、自分の会社の人間やクライアントだったんですよ。それで、エンドユーザーと接する仕事がしたくなって、まあ、いろいろと選択肢はあったんですが、家業を継ぐことにしたんです」

──こちらの黒船亭という店名はどうして?

「ここは、寛永寺さんの黒門が近くにあったので、最初は黒門亭にしようとしたらしいんですけど、すでに黒門亭というお店はあったので、黒にちなんだ黒船亭にしたと聞いています。黒船というと、それがきっかけで明治になって海外からいろいろなものが入ってきたという、洋食にはぴったりのイメージですよね」

──人気のメニューはどんなものでしょう?

「洋食といっても、日本人が長年食べてきたお米にかかわるお料理が人気ですね。たとえば、ハヤシライス、オムライス、ステーキ丼というものでしょうか。料理長がイチ推しのビーフシチューも人気がありますよ」

──お料理へのこだわりは何かありますでしょうか?

「いちばんのこだわりは洋食の華ともいえるのがデミグラスソースです。さまざまな素材をコトコト煮込み、丹念に裏漉すという作業を1週間以上も繰り返して作られます。この秘伝のソースを使うことで、ハヤシライスやシチューなどに深い味わいが生まれます」

厨房では、料理長の石出正浩さんがお料理をはじめてくださった。

石出正浩さん

料理ができあがったようだ。まさかのドリーム弁当史上初の汁もの、ビーフシチューなのだろうか。

石出正浩さん

どんなものなのかは、もう少し内緒で。

さあ、これでドリーム駅弁の材料がそろった!

上野駅の駅員さんに食べてもらおう!

3つのお店からご提供いただいたお料理をわっぱに詰めて、いざ上野駅へ。できあがったドリーム駅弁を食べていただこう。

食べていただくのはこちらの駅員さん。

有賀司さん、岡田直樹さん

左が助役の有賀司(あるが つかさ)さん、右が駅係員の岡田直樹(おかだ なおき)さん。

岡田さんは社会人採用で、それまでは郵便局で働いていたのだそうだ。

──本日はドリーム駅弁を食べていただくのですが、お腹のすき具合はいかがでしょう?

おふたり「はい、すいてますよ」

有賀司さん、岡田直樹さん

──ところで、おふたりは駅弁、好きですか?

有賀「私は旅のときなどに駅弁はあまりいただきませんね。現地に行って、そこの名物をいただきたいほうなので」
岡田「私は駅弁大好きです。とくに『牛肉どまん中』が好きです」

──おお、山形新幹線ができたときに開発された人気駅弁ですね。

岡田「そうなんです。東京駅でも買えるので、東海道新幹線に乗って『牛肉どまん中』を食べながら山形を感じるのが好きです」

──ところで、おふたりは苦手な食べ物はありますか?

有賀「苦手というより、もう若くないので、カロリーが高いのはちょっと......。あとはセロリが苦手です」
岡田「パクチーが苦手です」
そういったものが入っていないことを祈りながら、それではドリーム駅弁をご覧いただこう。

有賀司さん、岡田直樹さん

これがおふたりに食べていただく、上野駅のドリーム駅弁だ。

上野駅のドリーム駅弁

左側のゾーンが蓬莱屋さんからご提供いただいたもの。数量限定のメニュー、東京物語膳に入っている揚げ物3点で、上から串カツ、一口カツ2個、一口ヒレメンチカツ。真ん中のゾーンが洋食 黒船亭さんのステーキ丼。焼いた牛肉の上にのっているのは細切りしたネギと大葉だ。右のゾーンがさんともさんご提供のふぐの唐揚げ、しし唐、キュッと搾るスダチ。

それではおふたりに、それぞれ気になったものから食べていただこう。

有賀さんは蓬莱屋さんの揚げ物にソースをかけはじめる。

上野駅のドリーム駅弁

いかがでしょうか?

上野駅のドリーム駅弁

有賀「メンチカツ、うまい! あー、ご飯がほしくなりますね」

岡田さんはふぐの唐揚げにスダチを搾ってパクっと。

上野駅のドリーム駅弁

いかがでしょうか?

上野駅のドリーム駅弁

岡田「しっかりした味ですね。ご飯がほしくなりますね(笑)」

──フグの身をタレに漬け込んでいるので、しっかり味が入って冷めてもおいしいそうですよ。

有賀「このステーキ丼は大葉がのっていて、香りがいいですね」

上野駅のドリーム駅弁

岡田「たしかにステーキ丼はタレとご飯がめちゃくちゃおいしいですね」

このタレも特製。ステーキの焼き汁をベースに、バターをしっかりきかせた甘ダレになっていて、お肉とタレでご飯がどこまでも進むように工夫されているそうです。とくに男性に人気だとのこと!

上野駅のドリーム駅弁

岡田「このメンチカツはすごくおいしいですねぇ」

上野駅のドリーム駅弁

これまでのドリーム駅弁にはなかった、沈黙の時間が流れている。とにかく黙々と食べるおふたり。

上野駅のドリーム駅弁

ちょ、ちょっと待ってください。全部食べてしまう前に、おいしかったものを教えてください。

上野駅のドリーム駅弁

有賀さんが、さんともさんのふぐの唐揚げ。岡田さんは蓬莱屋さんのメンチカツ。そして、おふたりともあげていらっしゃったのがこちら。黒船亭さんのステーキ丼。

上野駅のドリーム駅弁

岡田「このお肉、タレ、ご飯がとてもおいしいんですよ」
有賀「そうそう、このタレとご飯のコンビネーションはおいしかったですねぇ」

どうですか、ドリーム駅弁の全体の感想は?

上野駅のドリーム駅弁

有賀「いやぁ、おいしいですねぇ。プライベートでビールでも飲みながら食べたかったですね(笑)」
岡田「量もバランスもちょうどいいですね。完食しましたよ」
ほどなく有賀さんも完食。これまでで最速の完食ですね。

さてお次は、どの駅のドリーム駅弁だろうか。乞うご期待!

取材協力:

■蓬莱屋
住所:東京都台東区上野3-28-5
電話:03-3831-5783

■さんとも
住所:東京都台東区上野6-14-1
電話:03-3832-3898

■洋食 黒船亭
住所:東京都台東区上野2-13-13 キクヤビル 4F
電話:03-3837-1617

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