MetroWalker 2016 Autumn
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上野駅国立西洋美術館 P.06旧寛永寺五重塔 P.09新宿三丁目駅CAFE AALIYA P.21三ノ輪駅土手の 伊勢屋 P.10www.tokyometro.jp根津駅・東大前駅根津神社 P.10四ツ谷駅迎賓館赤坂離宮本館 P.04北千住駅茶香 P.21赤坂駅ホットケーキパーラー Fru-Full P.14明治神宮前〈原宿〉駅マンゴーチャチャ原宿店 P.15千駄木駅小さなタルト屋 SHIOMI P.15神楽坂駅スタジオーネ フルッティフィカーレ P.13表参道駅グラニースミス アップルパイ&コーヒー青山店 P.15雑司が谷駅キアズマ珈琲 P.10はらしまひろし/歴史・サイエンスライター。日本3D プリンター㈱顧問。古地図・戦前絵葉書蒐集家。NHKの「ブラタモリ」に2回出演し、絵葉書のコレクションを披露する。著書に「東京今昔散歩」(文庫版・ワイド版)「横浜今昔散歩」「百人一首今昔散歩」他(KADOKAWA)や、「骨単」「肉単」(エヌ・ティー・エス)がある。プロフィール右/土つち屋や光こう逸いつ『牛込神楽坂』(昭和14年)。かつての行ぎょう元がん寺じ(❿)の境内で、安政4年頃、この付近で花街が始まった。左/その一部が現在、寺じ内ない公園となっている。矢来公園(⓫)の小浜藩邸の碑と側面の杉田玄白生誕の碑。明暦の大火で江戸城が燃えた際、将軍家綱はここに避難した。屋敷は竹たけ矢や来らいを巡らしただけだったため、藩士たちは抜き身の槍を構えて昼夜護衛した。その記念として竹矢来のままで塀を作らず、矢や来らい屋や敷しきと呼ばれた(矢来町、矢来公園の名の由来となる)。若宮八幡❸、筑つく土ど八幡❹、赤城神社❺など諸説ある。 古地図では酒井ワカサ❻と書かれた若わか狭さの国くに小お浜ばま藩はん下しも屋や敷しきが目立つ。藩主の酒井忠ただ勝かつは将軍・徳川家光から、我が「右腕」と呼ばれた人物。後年この邸で、『解体新書』を訳した小浜藩医・杉田玄げん白ぱくが生まれた。 明治時代に入ると武士が地方に戻り、住宅地や商店街となる。神楽坂は、戦前の文人ゆかりの地でもある。演出家・島しま村むら抱ほう月げつの芸術倶楽部が横寺町にあった❼。『金こん色じき夜や叉しゃ』の作者・尾お崎ざき紅こう葉ようも横寺町❽に住み、門人の泉いずみ鏡きょう花かも、玄関番として下宿した。鏡花は後に南みなみ榎えのき町ちょうに移転した。ちなみに、洋紙の原稿用紙の日本における発祥の店である相そう馬ま屋や源四郎商店が神楽坂で今も営業している❾。 関東大震災では、銀座などの繁華街が大打撃を受けたが、神楽坂界隈は被害が少なかったため、やがてデパートや商店が集まり、山手随一の歓楽街・山手銀座として栄えた。神楽坂は、江戸や明治の風情が色濃く残り、坂道や路地、石畳の道が魅力的。歴史や文学の見どころ満載の土地である。白金台駅東京都庭園美術館 P.05茅場町駅ビストロ サブリエ P.12護国寺駅護国寺 P.09神保町駅・竹橋駅THE SEVEN’S HOUSE P.07江戸川橋駅東京カテドラル聖マリア大聖堂 P.07大手町駅古奈屋 丸の内オアゾ店 P.13日本橋駅ジャスミンタイ 八重洲店 P.13日比谷駅オールドインペリアルバー P.07神谷町駅増上寺 三解脱門 P.1003

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