メトロニュース 2017年2月号
9/20
9東京メトロの駅を舞台に妄想恋愛!?東京マラソンに遭遇した二人。大人数のランナーたちの姿に…Vol.11 1年前、裕太がそれと出会ったとき、千絵子はハマーの助手席にいた。「んだよ、ったく」 都心で買い物をしようと車で移動していたところ、通ろうとしていた道が通行止めとなっていたのだ。目的地へは迂回路を通って行き、立体駐車場にハマーを停めた。 買い物をした後で立ち寄った飲食店の場所が、東京マラソンのコース沿道だった。 千絵子と二人連れ添いマラソンを眺めていた裕太はやがて、走り過ぎ去る大人数のランナーたちの姿に、感化された。なにかが発症するための閾値を超えた、というような感じだ。「俺も、走ろうかな!」「えっ?」「大排気量の車を、シートにふんぞりかえりながら、片手運転してる場合じゃないよ」「来年、裕太も出場するってこと?」「そうだよ、走らないとさ、見えてこないことだってあるんじゃないかって、俺は言ってんの!」「ああそう、そういうこと、考えたりするんだねぇ」 その日のうちに、自分と千絵子のぶんまでトレーニンググッズを買いそろえた裕太は、翌週ハマーも売った。職場から自宅までの帰りを、途中まで電車で行き、約10キロを1日おきに走った。酒のつきあいは悪くなった。それまでいた飲み友達が減った。しかしランナー友達は増えた。健康管理に気を遣うようになり、おいしい野菜とかを食べるようになった。グレーゾーンのマッサージ店でなく、ちゃんとしたマッサージ店に行くようになった。40歳前にしてかなり痩せてモテるようになり、浮気がバレて千絵子に別れを告げられた。失恋の痛みも、日々のランが忘れさせてくれた。 今年、裕太は東京マラソンの参加権を得た。そして走り、優勝した。裕太にとっての優勝だから、1位になったとか、そういうのではない。感じる※この物語はフィクションであり、 実在の人物、団体などとは一切関係ありません。東京デート日和羽田圭介のはだ・けいすけ 1985年東京都生まれ。明治大学商学部卒業。2003年『黒冷水』で文藝賞を受賞しデビュー。2015年『スクラップ・アンド・ビルド』で芥川賞受賞。他の著書に『メタモルフォシス』『御不浄バトル』『隠し事』など。2016年11月、『コンテクスト・オブ・ザ・デッド』を上梓。
元のページ
../index.html#9