老舗の力を結集して「日本橋駅」の駅弁をつくったら至高の逸品が完成した

西村まさゆき

書いたひと:西村まさゆき
鳥取県出身。東京都中央区在住。フリーライター(自称)。境界や境目がとてもきになる。尊敬するひとはバッハ。主にデイリーポータルZなどで執筆中。鉄道関連の記事も多数。

銀座線にないもの、それは駅弁。

鉄道旅行の楽しみのひとつに「駅弁」は欠かせない。

その土地の名産をふんだんにとりいれた駅弁は、それ目当てで旅行をするひともいるほど。各地の駅弁をあつめたイベントも大盛況になるなど、世のなかの駅弁熱は思いのほか高い。

しかし、そんな駅弁も、なぜか地下鉄の駅にはない。特に、老舗があつまる銀座線日本橋駅なんか、つくろうと思えばどんな駅弁だってできちゃうはずなのに。

日本橋駅はまだ本気を出してない!

大きなお世話かもしれないけれど、ここはぼくが一肌脱ぐことにしよう。

この曲げわっぱのなかに、日本橋駅の本気、そしておれの夢を詰め込むんだ!

この曲げわっぱのなかに、日本橋駅の本気、そしておれの夢を詰め込むんだ!

日本橋駅周辺のいくつかの老舗に協力を仰ぎ、駅弁にふさわしい料理を提供してもらい、至高の「銀座線日本橋駅弁」をつくるのだ。

やぶ久は銀座線より30年先輩!

まずはそばの老舗、「やぶ久」にむかう。

近代的で巨大なビルの足元にある

近代的で巨大なビルの足元にある

やぶ久は、カレー南蛮がおいしい老舗そば屋としてご存知の方も多いかもしれない。

ただ、さすがに、今回曲げわっぱのなかにカレー南蛮を入れるわけにはいかないので、カレー南蛮にならぶ人気を誇る料理を準備してもらった。

自信の料理を提供してもらった

自信の料理を提供してもらった

さて、料理ができあがるまで、店のご主人にお話をうかがった。

気さくだけど恥ずかしがりやのご主人

気さくだけど恥ずかしがりやのご主人

やぶ久四代目店主の高橋義明さんは、生まれも育ちも日本橋。銀座線に対してもかなりの思い入れがあるのではないか?

「そうだね、子どもの頃に乗ってた銀座線は今とは違って切符もひとが売ってたよねえ、改札も切符をハサミでパチンってするやつだったし。今はずいぶんきれいになったね」

20年前に上京してからはじめて銀座線を使うようになったぼくにとって、銀座線はすでに券売機だったし、自動改札だった。そしてどっちかというと、銀座線は他のメトロの路線に比べてすこし古びたイメージだったのだが、昔から使っているひとに言わせると、今の状態でもずいぶんきれいになった。というのがおもしろい。

−−ところでやぶ久さんは創業100年となってますが...。

「明治35年創業だね、もともと『藪』というそば屋は江戸時代からあったらしいんだけど、初代の店主が店の権利を買って、営業をはじめたのが明治35年、もともとの『やぶ』の屋号に自分の名前の久次郎の久の字をつけて『やぶ久』にしたんだよ」

−−ということは、1902年創業...すでに創業110年越えてますね。銀座線が日本橋駅まで開通したのが1932年ですから、やぶ久さんの方が先輩じゃないですか。もしかしたら、先々代ぐらいのご店主は銀座線日本橋駅の開業の日を見てるのでは?

「うーん、どうだろうね。さすがにそこまで細かい話は聞いたことないからわからないけれど。じいさんからは、白木屋の火事の話はよく聞いたね」

「白木屋の火事」とは、現在のCOREDO日本橋の場所にあった百貨店「白木屋」で発生した火災で、日本初の高層建築物火災とされる火災のことだ。
白木屋の火災は1932年12月16日、そしてなんと銀座線日本橋駅の開業が1932年12月24日。火災からわずか8日後。歴史的事件の現場となった白木屋のすぐ横である。

その時代をやぶ久二代目店主は見つめていたのだ。

こういう話を聞くと、さすが老舗の貫禄を感じざるを得ない。

そんな話をしているうちに、料理ができあがった。

自信の一品が完成しました

自信の一品が完成しました

やぶ久は、そばだけではなく、それ以外のメニューもおいしいのだが、そのなかから2種類の料理を提供してもらった。

その料理とはいったいなんなのか...は、いましばらくお待ちを。

三代目が腕をふるう"日本橋の"大勝軒

続いて訪れたのは中華の老舗「大勝軒」だ。

このたたずまい!

このたたずまい!

まずはこのたたずまいをじっくり味わって欲しい。近年のやたらピカピカしてるチェーンの中華料理屋にくらべ、こういう年季が入った中華料理屋は逆に安心感がある。

大勝軒のご主人、高橋一祐(かずひろ)さんは三代目、創業は銀座線日本橋駅が開業した翌年の昭和8年、1933年だ。

豪快だけど気配りが細かいご主人

豪快だけど気配りが細かいご主人

こちらからもとっておきの料理2品をご提供いただく。

自ら調理してくださった

自ら調理してくださった

豪快に調理をする高橋さんにお話をうかがった。

−−こういった町の中華料理屋さんみたいなところ、昔は駅前にかならず複数軒ありましたね。

「そうだね、ラーメン専門じゃなくて、いわゆる中華料理を出す店ってのは日本橋界隈にも昔はけっこうあったんだけど、いまはもうウチしかやってないね」

−−銀座線日本橋駅の開業(1932年)と、創業(1933年)はほぼ同じですね。

「じいさんが創業したんだけどね、もともと人形町にあった大勝軒って店で修行して開いたんだよ、だから大勝軒って名前の店がいくつか残ってるのはそういう理由なんだよ」

−−のれん分けした店が残ってるんですね。

「『大勝軒』っていうと、つけ麺で有名な店があるけど、あそことうちは無関係で、こっちの方は『人形町系大勝軒』なんて呼ぶひともいるね」

−−へぇー、大勝軒という屋号にそんな秘密があったんですね...ところで、高橋さんはこの日本橋ご出身なんですよね。銀座線についてどんなイメージをお持ちですか?

「そうだね、銀座線は、子どもの頃から買物行くのによく使ったねえ、昔は黄色い電車で古めかしいイメージだったけど」

高橋さんがおっしゃっているのは、おそらく、現在の1000系ではなく、昔の1000形のことだろう。昔の1000形が走っていたのは、40年近く前になるので、ずいぶんまえの話だ。
全体が黄色いあの電車のイメージは、強烈に印象に残っているらしい。

そうこうするうちに、料理ができあがった。

完成しました!(せいろの中身です)

完成しました!(せいろの中身です)

せいろのなかには一体何が入っているのか?

アノ超有名シェフも銀座線の常連客だった

最後に訪れたのは、洋食の老舗「たいめいけん」。

洋食の老舗は近代的なビルだった

洋食の老舗は近代的なビルだった

古くからの洋食レストランとして有名なたいめいけんも、昭和6年(1931年)創業の老舗である。店内は新しくて立派だが、歴史は古い。

現在、三代目シェフを務める茂出木浩司(もでぎひろし)さんは、メディアにも積極的に出演するのでご存知の方も多いかもしれない。

あの有名なたいめいけんのシェフだ!

あの有名なたいめいけんのシェフだ!

ここたいめいけんからも、精選の料理2品をご提供いただく。

調理はまじめそのもの

調理はまじめそのもの

−−茂出木さんは、小学校はどちらに通われてたんですか?

「永田町の小学校に通ってたんです。だから、小学校は6年間ラッシュにもまれながら通学してました」

−−まさに生活の足として銀座線をつかってたんですね。

「当時は電車が黄色くてね、駅に止まるたびに車内の電気が消えてたんだよ」

−−電気が消えていた話、噂にはよく聞きますけど、ほんとだったんですね...。

「あと若い頃は渋谷でよく遊んだから、さんざん使ったなあ。銀座線はね、子どもから大人になるまで各年齢に応じた遊び場がそろってるんです」

−−子どもは上野、若者は青山、渋谷。落ち着いた大人になったら、銀座、日本橋で、年をとったら浅草という感じがしますね。

「そう、大人になってからは銀座で飲んだりしましたけど、日本橋や浅草はどうも古くさい感じがして...」

−−どうしてですか?

「日本橋ってのはね、銀座より品がいい町なんですよね、静かで、老舗が多くて、もちろん賑やかなんだけど、花街みたいな賑やかさじゃない」

−−世間一般のひとからすれば、銀座も日本橋も隣町だからそんなに差がないような気がしますよ。

「COREDOができたからって若いひとがそんなに増えたわけじゃない、30〜40代の家族連れが増えたかな? 昔は年齢層が高かったけど、少しずつ変わってますよ」

−−日本橋は昔から今まで変わり続けている、と。

「そうですね、いま、再開発をいろんなところでしてますから、日本橋はこれからいちばん生まれ変わる町かもしれないですね」

茂出木さんは、日本橋は銀座線のほかの町に比べると、いまひとつなにがあるのかわかりにくく苦手だといっていたが、言葉の端々からは深い日本橋愛を感じ取れる。

話をうかがっているうちに、料理ができあがったようだ。

旗まで立ててくれた!(蓋がしまらないのでいったん外しました)

旗まで立ててくれた!(蓋がしまらないのでいったん外しました)

日本橋駅の駅員さんに試食してもらう

日本橋駅弁に、一体どんな料理が投入されたのか?

できあがった料理をあの曲げわっぱにつめこみ、この駅弁をぜひとも日本橋駅の駅員さんに食べて欲しい。

日本橋駅にむかった。

東京メトロ日本橋駅に勤務する、斉藤さんと高榮さんに試食していただくことにした。

日本橋駅で働くお二人に試食してもらう

日本橋駅で働くお二人に試食してもらう

写真右側の斉藤さんは日本橋駅の助役で、勤続35年の大ベテラン。左側の高榮さんは入社まだ1年目の駅員さんだ。

斉藤さんは、日本橋駅に助役として勤務をはじめて2年ほどになるという。「助役」とは、駅の管理や監督を行う役職である。ちなみに、駅長は複数の駅を兼務するのだが、助役は駅ごとにその役職のひとがいるらしい。
斉藤さんの趣味はピアノ、そして「車の運転」。我々は最初「地下鉄の駅員さんなのにちょっと意外」と思ったのだが、よくよく考えるとべつにおかしいことでもない。

高榮さんは、中途採用で東京メトロに就職したという。ちなみに、前職をうかがってみたところ、百貨店の案内係だったそうだ。
しかし、以前から希望していた鉄道会社で働きたくなり、転職。趣味はサバイバルゲーム。車の運転よりこちらの方が意外だが、大学時代、戦争の歴史を勉強をしたのがきっかけだという。

ただ、駅員さんは、ふだん駅でよく見かけるものの、そのひとのパーソナルな情報に触れる機会がまったくないので、どんな情報でも「意外」と思ってしまうところは多少あるかもしれない。
いずれにせよ、駅員さんの趣味を聞くことに、こんなに新鮮な感動があるとは思わなかった。

おっと、話が長くなると弁当が冷めてしまう、できあがった弁当を食べてもらわねば。

これが「銀座線日本橋駅弁」だ!

これが「銀座線日本橋駅弁」だ!

そばの老舗、やぶ久からは天ぷらと板わさ。中華の老舗、大勝軒からはシュウマイとエビチリ。洋食の老舗、たいめいけんからはオムライスとビーフシチュー。

和、洋、中、三種の老舗、いや、日本橋の本気がにおいたつ。この駅弁、見た目は完全に目の保養としかいいようがない。

わざとらしい演技をしてもらったぞ

わざとらしい演技をしてもらったぞ

というわけで、さっそく試食していただく。

ンマー

ンマー

ンマー

ンマー

−−いかがでしょうか? お味の方は?

斉藤さん「味は完璧ですね...とくに、オムライスのソースの味がすごいですね。自分でもオムライスつくるんですけど...ここまではなかなか」

−−お料理されるんですね。

斉藤さん「しますよ、自分でオムライスのソースつくるときは、トマトピューレを使ったりしましたけど、これは次元が違います」

自作のオムライスソースにトマトピューレって本格的だ。斉藤さん、いったい何者なんだ。(日本橋駅の助役さんです)

−−高榮さんはどれがおいしかったでしょう?

高榮さん「オムライスはバターのコクがものすごいです...おいしい」

バターのコクがすごいオムライス

バターのコクがすごいオムライス

−−中華料理はいかがですか?

高榮さん「シュウマイ、味がけっこうついているからそのままでもおいしいですよ、あとエビチリのエビが大きい」

斉藤さん「エビチリはケチャップソースの昔ながらの味付けですけど、後からピリッときますねー」

シュウマイ、そのままでもけっこう味ついてた

シュウマイ、そのままでもけっこう味ついてた

−−ちょっと心配だったのが天ぷらなんですが、どうでしたか?

高榮さん「天ぷらはサクサク感はさすがに少し落ちますけど、天つゆつければそんなに気にならないですし、しいたけなんかはそれでもじゅうぶんおいしいですね」

弁当にしてもうまい天ぷら

弁当にしてもうまい天ぷら

高榮さん、食レポがかなり的確なので、やはり自分でも料理が得意なのかと思ったが、料理はまったくしないらしい。

うまいは正義だ

うまいは正義だ

感想を聞き終わると、おふたりとも、黙々と弁当を食べ続けていた。そう、本当においしいものを食べると、ひとは本来無口になるのだ。

プロデュースしたものとしては、この無口さは、感慨無量というほかない。

そして「銀座線日本橋駅弁」は、あっという間に完食していただいた。

父娘みたいにみえますが、上司と部下です

父娘みたいにみえますが、上司と部下です

和洋中と、それぞれ個性の強い料理の組み合わせは、その強い個性がぶつかり合って、曲げわっぱのなかでケンカをはじめやしないかヒヤヒヤしたのだが、弁当という枠内におさまると、意外とこれが強調しあってるのが面白い。

日本橋という町の底力を目の当たりにしたようだ。

定価1,000円以上はするな...

定価1,000円以上はするな...

「銀座線日本橋駅弁」は至高すぎるものが完成した。

−−どうでしょう、この弁当...日本橋駅で販売するというわけには?

斉藤さん「んー、売るのはいいかもしれませんけど...ロングシートの通勤電車で弁当は食べづらいんじゃないですか?」

そうなんだよなー...。

いつの日か、銀座線の電車を貸切り、真っ暗なトンネルを眺めつつ、ロングシートに座ってこの弁当を食べたいと強く思った。

取材協力:
「やぶ久」
東京都中央区日本橋2-1-19
電話03-3271-0829

「大勝軒」
東京都中央区日本橋本町1-3-3
電話03-3241-2551

「たいめいけん」
東京都中央区日本橋1-12-1
電話03-3271-2463

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