【ひと駅車両対談】食品サンプルのパイオニアに学ぶ「日本独自のものづくり」株式会社岩崎 社長岩崎毅×東京メトロ 高見沢仁志

毎回、銀座線沿線の街で活躍する方々をお招きする対談企画「ひと駅車両対談」。今回は、食品サンプルのリーディングカンパニー、イワサキ・ビーアイの岩崎毅社長をお招きしました。田原町駅からほど近い料理道具専門店街「かっぱ橋道具街」に構えた同社の「元祖食品サンプル屋合羽橋店」は国内外の観光客に大人気!日本ならではの技術について語り合います。

岩崎毅

イワサキ・ビーアイ 岩崎毅(いわさきつよし)
株式会社岩崎代表取締役社長。1954年、先々代の創業者・岩崎瀧三の孫として生まれ、大学在学中に渡米、現地法人立ち上げに参画。2001年に同社代表取締役社長に就任。2010年に「元祖食品サンプル屋」プロジェクトを始動。趣味はテニス。

東京メトロ 高見沢仁志(たかみざわひとし)

東京メトロ 高見沢仁志(たかみざわひとし)
東京地下鉄株式会社工務部建築工事所所属。大学では建築学科で建築学を専攻し、同社へ入社。現在は銀座線リニューアルにあたり、田原町駅の工事監理を担当。

株式会社岩崎

日本の「間の文化」が食品サンプルを生んだ

高見沢 岩崎社長、本日はお越しいただきありがとうございます。銀座線は来年、開通90周年を迎えるにあたり、全駅をリニューアルしているところです。私は現在、田原町駅の工事監理担当者をしており、列車運行およびお客様の輸送に支障のないように安全監理と、期日までに工事を終わらせるための工程の監理、そして東京メトロのブランドを維持するための品質監理という、3つの監理作業が主な仕事です。

岩崎 おお、凄い。私が高見沢さんくらい若いときは自分の仕事をこんなにきちんと説明できませんでしたよ(笑)。弊社は今年創業85周年なので、来年90周年の銀座線と比べるとこちらが少し後輩かな。

高見沢 現在、食品サンプルはマスコミでも盛んに取り上げられていますし、田原町駅近くにある御社のショップは外国人観光客の多くが立ち寄る場所です。そこで素朴な疑問なんですが、食品サンプル自体は日本独自のものなのでしょうか?

岩崎 ではちょっと、歴史の話から。そもそも食品サンプルが生まれる前、飲食店の前には何が置かれていたと思います?

高見沢 想像がつかないですね。

岩崎 江戸時代の居酒屋には、店先には必ず「縄のれん」がありました。だって、お店の玄関を開けっぴろげにしちゃうと、なかのお客さんは落ち着かないじゃないですか。外からジロジロ覗くわけにもいかないし。でも、縄のれんがあれば、外にいながらにしてなかをチラッとのぞける。レストランの前に陳列された食品サンプルも、こうした縄のれんが進化したものだと考えています。

高見沢 なるほど。食品サンプルがあるからこそ、外にいながらにしてその店でどんなものをいくらで食べられるかとか、お店のだいたいのカラーがわかりますもんね。

岩崎 そう。古くからある日本の文化に根差しているので、日本独自の技術といえると考えています。カッコいい言い方をすると、店と外との「間の演出」になるというか。

高見沢 建築の世界にたとえるなら、昔の家にはまず庭があって、建物があって、その間に必ず土間や縁側という空間がありました。それもある種、「日本的な間の演出」といえるかもしれません。

岩崎 そうですね。欧米やアジア諸国でも食品サンプルの需要はありますが、各国で食品サンプルの受け止め方が違います。たとえば、以前アメリカでレストランの前に食品サンプルを飾って、プライスカードを並べたことがありました。すると、現地の人は食品サンプル自体のプライスかと勘違いしてしまった。これはどっちが正解かというよりもう文化の違いでしかないわけです。

高見沢 優れた技術も、文化の壁で阻まれるケースもあると。

岩崎 ヨーロッパでは「今日はこういう魚が入ってるから、こう料理したらおいしい」ってウェイターが教えてくれる、いわば「聞く文化」。対して、日本人はどうしても見て確認しておきたい、つまり「見る文化」です。近年、食品サンプル自体は世界でもかなり認知されてきているとは思いますが、やはりあれだけの外国人観光客を惹きつける魅力があることを思えば、まだまだ浸透していく余地はあるといえるでしょうね。

株式会社岩崎

技術向上のヒントは、突き抜けた発想のコンクール作品にあり

高見沢 食品サンプルは日本独自でありながら、世界中の人に認知されている、とてもユニークな存在だと思いますが、つくっている職人さんというのはどこでどういう修行をされているんでしょうか。

岩崎 食品サンプル業者の職人というと、「美術系の大学を出られたんですか?」とよく聞かれるんです。でも、えてして芸術家は自己表現として、緑のピーマンをもっと違う色で塗りたがるでしょ。食品サンプルは、本物にそっくりに似せてつくらなければならない。なので、芸術家というよりは職人なんですね。

高見沢 あ、てっきり美大出の人が多いのかと思っていました。話を聞くと、自分のような建築畑出身のほうが向いているかもしれませんね。我々は、発注内容に合わせて、どれだけ精度の高いものを正確につくるかが仕事なので。ところで、御社の高い技術は創業以来どのように積み上げられてきたのか、興味があります。

岩崎 昭和7年に弊社の創業者である岩崎瀧三が最初につくった食品サンプルはオムレツと言われています。それ以降は、職人たちが「こうやってつくったらよりおいしく見えるんじゃないか」と互いに技法や情報を共有することで、技術力が高まっていったのだと思います。ひとりの天才ではなく、職人みんなで培ってきた技術といってもいいかもしれません。

高見沢 極端に言うなら、10年前の海老フライと今の海老フライはまったく精度が違う、と。

岩崎 そのとおり。もちろん技術以外にも、素材面での変化もありますよ。たとえば昔は蝋細工でつくっていましたが、今はコスト・耐久性などを考えて、素材はプラスチックを使用しています。

高見沢 素材面を含めての技術向上ということなのでしょうね。それにしても、こうして実際に近くで拝見すると「これホンモノじゃないの?」というほどリアルなものばかりです。

岩崎 技術向上に関して、どこまでヒントになるかどうか分かりませんが、弊社では、現在80名近くいる技術系スタッフが参加する社内コンクールを開催しています。このときだけはみんな自分がつくりたいものを好きなように製作するんですが、こうした恒例行事で新たに生み出された技術を、社内で共有しています。

高見沢 コンクールで入賞した作品のお写真をいくつか拝見しましたが、斬新な作品がたくさんありますね。普段は真面目で頑固そうな職人さんからこういう突飛なアイデアが生まれるなんて。これはもう立派なアートのような気が......。

株式会社岩崎

2016年イワサキ・ビーアイ社内コンクールの応募作品。その高い再現力と奇想天外なアイデアは、ネットでも大人気だ

岩崎 そう言っていただけるとうれしいですね。正直、我々の業務は365日中360日くらいはお客様の指示されたとおりの物をつくらなければいけない。だからこそ、このコンクールのときだけは、普段影を潜めていたクリエイティビティを思う存分発揮でき、ひいてはモチベーション向上にもなります。最近は自分たちの作品を外に向けて発信する機会が増えたおかげで年々クオリティも上がってきたように思います。

株式会社岩崎

田原町のシンボル、かっぱ橋のイメージはズバリ「金物」

高見沢 「元祖食品サンプル屋」がある田原町という場所についてはどんな印象をお持ちでしょうか。

岩崎 東京スカイツリーができて、だいぶ変わりましたよね。以前は職人の街のような雰囲気でしたが、最近は外国人も含めて多種多様な人たちを見かける気がします。その上で駅がリニューアルされたら、また新しい空気が生まれるかもしれませんね。

高見沢 そうですね。銀座線も、渋谷駅から浅草駅まで全部で19駅がありますが、それぞれのエリアに根差した駅づくりをするため、リニューアルでは各駅ごとにコンセプトを変えようということになっています。浅草から神田までは「下町エリア」ということで、昔ながらの町並みや、暖かみを出したいということで、それをふまえたデザインになる予定です。

岩崎 田原町駅は、どのようなコンセプトなんですか?

高見沢 田原町の象徴であるかっぱ橋は、鍋や包丁、カトラリーなど、金物を扱う場所ですよね。そこで、金属という素材を使って職人さんたちの「手仕事感」を表現できないか考えています。たとえば、金属を編み込んだ素材を装飾に使ったりとか。

岩崎 へぇー、それはおもしろい! 駅やエリアごとにコンセプトを変えるというのは時流に合っていますね。我々の業界も同じです。ひと昔前なら、チェーン店というと、どこもかしこも同じデザインにするのが当たり前だった。それが今では、店ごとに客層がまったく違うので、ファザード(店の正面の外観)もそれぞれ変わってきている。当然、これからの食品サンプルもこうした傾向を踏まえたものでなくてはならないわけで。あくまで地域に根差したコンセプトづくりという点では、大いに共感しますね。

株式会社岩崎

かっぱ橋にある「元祖食品サンプル屋合羽橋店」では、食品サンプル作りが体験できる(要電話予約)

株式会社岩崎

「うん、きれいにできたじゃない!」(岩崎氏)

細やかな技術に対する志が共通点

岩崎 最近は田原町駅を含めた下町エリアに外国人観光客が増えましたが、駅の設備で世界に誇れる、なんてものはありますか?

高見沢 うーん、真っ先に挙げるならトイレでしょうか。それこそ駅のトイレなんて、昔は「汚い、狭い、入りたくない」というイメージがあったと思いますが、今では居心地のいい空間に変わりつつあります。外国から来たお客様には、「日本のトイレはほかの国と比べ物にならないぐらい居心地がいい」とお褒めの言葉をいただくことも多いですね。

岩崎 なるほどね。そういえばアメリカのトイレは、個室に入ってもドア下の部分が大きく開いているせいで、外側からでも足元が見えちゃいますよね。ある面では合理的だと思いますが、さすがに日本のトイレでは根付かないものなんですかね?

高見沢 どうでしょうね。日本人は完全な個室空間の方が居心地がいいという考え方なので、なるべくドアは足元まで覆うようにしています。ただ、なかで倒れた方がいてもわかるように、緊急時に対応はできるように設計してはいますが。

岩崎 ほうほう。地下鉄の駅で使われる光の色はLEDが基本ですか?ちなみに、うちの食品サンプルのケースには、LEDはもちろんですが白熱灯と蛍光灯などを駆使して、なるべく自然光に近い印象を持たせるようにしています。

高見沢 なるほど! 東京メトロでも、照明には気を使っています。環境施策として駅構内のLED化を順次進めているところです。またお客様に快適にご利用いただけるよう工夫しています。いくら最新のテクノロジーでも、最終的には暮らしの役に立ったり、人々に喜んでもらわなければ意味がありませんから。

岩崎 おっしゃるとおり! その点でいうなら最近、弊社では食品サンプルにその本物が持つカロリーなどのデータを入れ込んだICチップを埋めて、センサーボックスに載せることにより情報を読み込んで、総カロリーや7種の栄養成分がわかる「サットシステム」という商品を開発しました。たとえばトンカツの衣もはがせるつくりになっていて、衣があるのとないのとではカロリーがこれだけ違うとか、瞬時にわかるものもあります。病院や保健所でのカウンセリングや、学校などの食育の事業などで利用していただいていますよ。

高見沢 リアルなサンプルだからこそ、効果絶大のような気がします。まさに人のためになる技術ですね。御社もメトロも、細やかな技術に対する志という点が共通して強みのような気がします。今日はいろんなお話を聞かせていただいて、大変勉強になりました。

岩崎 こちらこそ、ありがとうございました。

株式会社岩崎

関連記事:開通当時の出口デザインが復活!田原町駅のリニューアルコンセプト「道具の街」とは

タグ

RANKING