自動改札のない時代 | 切符を切る「改札鋏」に秘められた工夫とは?【銀座線デザイン探訪】

現在の鉄道の改札は自動改札機に交通系ICカードや磁気乗車券・定期券を通して入出場するスタイルが主流ですが、30年ほど前までは改札機の役割を果たしていたのは人で、駅係員が専用の鋏(はさみ)を用いて切符を旅行開始の証として一枚ずつ入鋏(にゅうきょう)していました。今回は平成のはじめまで、銀座線の駅でも当たり前に見られた、切符を切る鋏・改札鋏(かいさつきょう)にスポットを当てながら、改札の歴史を紐解きます。

改札鋏

「改札鋏」が使われるようになるまで

1927年、東京地下鐵道として浅草~上野間が開通した時は運賃が10銭に均一されていました。このとき切符はなく、改札も無人。各駅にはアメリカから輸入した「ターンスタイル」と呼ばれる自動出札機が設置され、10銭硬貨を投入すると1人だけ入れるように仕切りの木製の棒が回転する仕組みでした。

ターンスタイルの改札機

しかし、4年後の1931年になると、運賃が駅ごとに変わる駅間制に変更。このとき地下鉄として初めて「切符」が誕生し、駅係員が集改札ボックスで切符に入鋏(にゅうきょう・・・鋏で切り込みを入れること)することで入場を記録するシステムになり、改札鋏が使われるようになりました。

集改札ボックス

(駅係員はこの集改札ボックスの中で切符を切っていた)

切符の切り込みは、駅ごとに形が違う!そのワケは...

自動改札機では、入場記録と出場記録をデータの読み取りでチェックしていますが、有人改札の時代は「改札鋏こん」(改札鋏によって入鋏された切り込み)の形で乗車駅が分かるようにしていました。駅ごとに「鋏こん」の形が違う改札鋏を使用していたのです。その数、実に20種類以上。

鋏こん

「鋏こん」は、内部規則で定められており、銀座線をはじめとした各線の駅の所在地などを勘案しながら、同一路線内で「鋏こん」の重複がないように、1駅ずつ割り振られていました。つまり、全部で19駅ある銀座線では、全ての駅で異なる「改札鋏」を使うことで、不正乗車対策をしていました。

また「鋏こん」をチェックするのは、切符を集める改札口駅係員の役割。駅係員は、お客様の持っている切符の券面を確認して、運賃が足りない場合は精算を行うため、沿線の各駅から当駅までの運賃はもちろん、鋏こんの形についても、常に正確に覚えておく必要がありました。

当時の駅係員には、「鋏こん」のチェックはもちろん、お客様の切符をパッと見て、出来るだけ早く運賃を計算し、判断できる能力が求められていたのです。

切符を切るだけじゃない!「改札係」の重大な任務とは?

改札係にとって最も忙しい時間帯が、朝夕のラッシュ。改札口には、ドッとたくさんの人が押し寄せ、改札係は瞬時に切符のお客様と定期券のお客様を見分けて、切符のお客様だけに、スッと手を差し出して切符を受け取り、切り込みを入れていました。
かつての改札口には、改札係がリズミカルに鳴らす改札鋏の音が鳴り響いていました。人の流れを止めず、サッと切り込みを入れられるように、改札係はリズムを取って入鋏していたのです。

なお、当時の改札係の仕事は、切符を切ることだけではありません。お客様へのご案内のほか、不正乗車(有効期限が切れた定期券の期間を指で隠してごまかすなど)を試みているお客様がいないか、しっかり目を光らせることも重要な仕事です。駅係員の中には、不正乗車を発見した件数が年間で200件を超える名人もいました。非常に集中力の高さが求められる業務のため、当時の改札係を担当した人によると、混雑している駅の場合、改札業務に集中できるのは連続でおおよそ2時間までだったそうです。

「改札鋏」のデザインも密かに進化を続けていた

かつて有人改札が当たり前だった時代、改札係に配属された駅係員の方は、先輩から「改札鋏」の持ち方や、切符の切り方を教わりました。

改札鋏を持った手

その時、厳しく教えられたのは、「持たせ切り(切符をお客様に持たせたまま鋏を入れること)をしてはいけない」というもの。これは、切込みを入れる場所を誤った時に、お客様にけがを負わせてしまわないようにするために遵守されたルールでした。

一方で、改札係も改札鋏で自分の指を挟んでしまうことも少なくなかったとか。このため後年の「改札鋏」では、指を挟みにくくするよう鋏の本体に切れ込みを作ったり、軽量化したりなど、数々の試行錯誤が行われていました。このほかにも「切符を切る時に鳴る音が、カチャカチャうるさい」というお客様からの声を反映して、音が出にくいよう鋏の持ち手の部分がぶつからない形状にするなど、改札鋏も進化を続けていたのです。

改良された改札鋏

(持ち手がぶつかり、カチャカチャという音が鳴らないように改良された改札鋏)

駅係員と共に60年近く改札を守り続けた「改札鋏」

今では銀座線をはじめ、地下鉄の駅にある改札口には自動改札機がズラリと並んでいますが、東京メトロの前身・営団地下鉄で、自動改札機の本格的な導入が始まったのは今から28年前、1990年のことでした。地下鉄90年の歴史のうち、およそ3分の2にあたる60年近くは有人改札が当たり前だったのです。
そこにはアナログな仕組みと駅係員の苦労と共に、人間同士のふれあいもありました。有人改札で「切符を切って」もらった経験がある方もない方も、一度、人の力で改札業務を行っていた時代へ、思いを馳せてみてはいかがでしょうか。

■取材協力:地下鉄博物館(ちかはく)
地下鉄の歴史から最新技術まで 『みて・ふれて・動かして』学習できる参加型ミュージアム。

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望月崇史(もちづきたかふみ)

書いたひと:望月崇史(もちづきたかふみ)
1975年静岡県生まれ。放送作家。 ラジオ番組をきっかけに始めた全国の駅弁食べ歩きは足かけ15年、およそ4500個! 放送の合間に、ひたすら好きな鉄道に乗り、駅弁を食して温泉に入る生活を送る。 ラジオの鉄道特番出演、新聞・雑誌の駅弁特集でも紹介。 現在、ニッポン放送のウェブサイトで「ライター望月の駅弁膝栗毛」を連載中。
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