上野広小路駅は百貨店やアメ横で賑わう飲食店激戦区!名店ひしめくエリアでつくった夢の駅弁とは!?【銀座線ドリーム駅弁】

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書いたひと:下関マグロ

山口県出身。東京都台東区在住。東京の街歩き、食べ歩きなどを中心に執筆活動をしているフリーライター。近著には『歩考力』(ナショナル出版)、『町中華とはなんだ 昭和の味を食べに行こう』(立東舎/共著)などがある。

上野広小路駅のドリーム駅弁をつくるよ!

上野広小路は上野公園から南に伸びる中央通り一帯を指すエリアで、台東区では南西端にあたる。銀座線上野広小路駅周辺には松坂屋やアメ横商店街があり、日々多くの観光客で賑わっている。最近では高層複合ビルも開業して街並みも変わりつつあるが、昔ながらの路地もまだ残っていて、老舗の飲食店はそんな場所にひっそりたたずんでいる。

銀座線ドリーム駅弁

この曲げわっぱのなかに、上野広小路駅のおいしいものを詰めこんでいくよ!

「いい肉をリーズナブルな価格で提供するがモットー」という焼き肉レストランの2代目社長

まず最初にうかがったのは、上野広小路駅A3出口から歩いて3分の「焼肉上野太昌園 本店」。筆者も何度か利用させていただいている老舗の焼肉屋さんだ。

銀座線ドリーム駅弁

ランチ時はピークを過ぎても行列ができる「焼肉上野太昌園 本店」

焼肉がおいしいのはもちろんだが、お店の方の接客が素晴らしい。ひとりで行っても、グループで行っても丁寧かつ迅速に対応してくれる、気持ちのいいお店だ。そのため、いつもお客さんで賑わっている。

ひとりでぶらりとランチ時にうかがう時は牛スジ丼をいただくことが多い。サラダとスープがついて780円とリーズナブル。ご飯の量が多いので、筆者はご飯少な目でお願いしている。

銀座線ドリーム駅弁

迎えてくれたのは2代目オーナーの長岡信裕さん

迎えてくれたのは2代目オーナーの長岡信裕(ながおか・のぶやす)さんだ。日焼け姿もなかなか凛々しい。

──いい色に日焼けなさってますね。

「大学でスキューバダイビングを始めて、以来ずっとやっています。昨日まで沖縄へ行っていたのでさらに焼けました」

──長岡さんは上野生まれの上野育ちだそうですね。

「ええ、そうです。昭和37年、1962年に上野で生まれました」

──こちらのお店の創業は?

「私が1歳のときに父がこの場所に焼肉レストラン太昌園を開店しました。だから創業は昭和38年ですね」

──上野を昔から見ていらっしゃるわけですけど、変わりましたか?

「いやぁ、変わりましたね。もともと飲食店が多い町でしたけれど、今のほうが多いですね」

──大学を卒業してからはマクドナルドに就職されるのですね。

「大学を出てどこかへ修業へ行く必要があったわけですが、入社したのが当時名実ともに外食産業でナンバーワンだった日本マクドナルドでした。2年間ほどでしたが、勉強になりましたね」

──それから、こちらの会社(株式会社太昌園)に入社されたのですね。

「そうですね、社長の息子として入社してきたので、風当たりはけっこうきつかったですね」

──どうやってそれを切り抜けられたのでしょうか?

「私が入社した当時は焼肉屋をはじめ、カラオケ店、居酒屋など全部で20数店舗やっていましてね、その中にオールディーズのライブハウスがあったのです。2年間ずっと赤字の店だったので、父に『私にまかせてくれないか』と直訴したんですね。それで、私がやるようになって3カ月で黒字にしたのです」

──実績を示されたわけですね。どういう方法だったのでしょうか?

「まずは、従業員のやる気ですよね。モチベーションを上げるために腐心しました。それからバンドのプログラムを見直したり、人気のバンドを呼んだりして、売り上げを伸ばしました」

それでは、お料理をつくっていただきましょうか。

銀座線ドリーム駅弁

タレとお肉のいい香りがしてきた

──銀座線の思い出ってなにかありますか?

「以前、うちの店が銀座にもあったので、そのときは毎日のように乗ってましたね。あと浅草にあるジムに通っているので、車を使わないときは銀座線に乗っています」

──銀座線の良さってなんでしょう?

「銀座線はいちばん古い地下鉄ということで、地上から浅いでしょ。あの浅さがいいですね。新しくできた地下鉄はかなり深いところまで降りなきゃいけないですから。それと本数が多いのも便利ですね」

お料理ができたようだ。

銀座線ドリーム駅弁

丼の中身はまだ内緒

ダンディな2代目社長の長岡さんより提供されたのは、ランチ時は売り切れることも多いという人気メニュー。まだ中身は内緒ですよ。

「人気メニューは昔と変わりないですよ」と店長は嬉しそうに語った

次にうかがったのは、上野広小路駅A2出口から歩いて約2分の「中華珍満」。ここは筆者が大好きな町中華の店だ。

銀座線ドリーム駅弁

ランチ時は長い行列ができるが、回転は早い「中華珍満」

看板には「手のし餃子」「湯麵」(タンメン)の文字。もちろんこれらのメニューもおいしいのだけれど、筆者おすすめは「焼きそば」だ。うどんかと思うほどの太い麺に、味付けはソースではなく醤油。野菜やお肉もたっぷり入って600円という価格もうれしい。また夕方5時までやっているランチメニューには「焼きそば+餃子2個」で760円というのがある。筆者は餃子も食べたいのでよくこれをいただいている。

銀座線ドリーム駅弁

「中華珍満」で働き始めて29年になるという店長の小滝定幸さん

迎えてくれたのは物腰のやわらかい店長の小滝定幸(こたき・さだゆき)さんだ。

──こちらのお店で働かれてどのくらいになりますか?

「私が31歳のときに入ったので、29年になりますね」

──えっ、ということは小滝さん、還暦じゃないですか。しかし、見た目はお若いですね。お店の創業はいつなんでしょうか?

「昭和25年(1950年)です。最初はここの近くにある別の場所で営業していました。私が入ったころ、ここはお店の倉庫のような場所でしたね」

──この界隈は昔と変わりましたか?

「変わりましたね。店前の道なんて、当時はまったく人通りがありませんでしたが、今はけっこう歩いている人がいますね」

──今は繁盛店で行列ができるお店ですが、小滝さんが入られたときもはやり人気店だったんですか?

「そうです、当時から行列がありましたね」

──昔と今も人気メニューって変わりました?

「変わりませんね。今でも人気は湯麵と餃子です。それから焼きそば、チャーハンあたりが人気ですね」

それではお料理をつくっていただきましょうか。

銀座線ドリーム駅弁

慣れた手つきでどんどん料理が進んでいく

──銀座線ってよく乗られます?

「かっぱ橋の道具街に行くときによく利用しますよ。田原町駅まで乗りますね」

──どういったものを買われるんですか?

「そりゃ、丼からなにから、うちの店は全部かっぱ橋で買ってますから」

──銀座線の思い出ってありますか?

「まだ銀座線に慣れていないころ、向かい側のホームの電車に乗りたいんだけど行き方がわからなくて、駅員さんに教えてもらったことを覚えていますね(笑)」

お料理ができたようだ。

銀座線ドリーム駅弁

あの人気メニューをいただいた。これはおいしそうだ

──お店の人気メニューは変わらないとおっしゃってましたが、お客さんはどうでしょう、変わりましたか?

「あー、変わりましたね。昔は年配の方が多かったのですが、今は若い人が増えました」

──それはなぜなんでしょう?

「テレビに出たからじゃないですか」

そういえば、こちらのお店、よくメディアで取り上げられている。何を隠そう、筆者もテレビ番組で紹介されたのを見て訪問したのだ。というわけで、素敵なお料理をご提供いただいたが、まだ中身は内緒!

「小学校の卒業アルバムに"店を継ぐ"と書きました」と4代目の店主

最後にうかがったのは上野広小路駅A1出口から歩いて約2分の「ぽん多本家」。

銀座線ドリーム駅弁

店の入り口には「創業明治参十八年」と右から左に書かれている「ぽん多本家」

トンカツの発祥には諸説あるのだけれど、ここ「ぽん多本家」で出された「カツレツ」がそのルーツだと言われている。店の入り口には「創業明治参十八年」と右から左に書いてある。筆者もこちらの「カツレツ」をいただいたことがあるが、感動的なおいしさだった。他では食べられない肉の旨さもさることながら、しっとりとした衣も大好きだ。ここでしか味わえないだけにまた足を運んでしまうのだ。

銀座線ドリーム駅弁

迎えてくれたのはナイスミドルの4代目、島田良彦さん

ロマンスグレーも素敵な4代目、島田良彦(しまだ・よしひこ)さんが迎えてくれた。

──創業が明治38年(1905年)ということですが、こちらの場所で創業されたのでしょうか?

「いえ、戦前は上野町(台東区上野4丁目)で営業をしていたのですが、空襲で焼け、戦後に現在の東黒門町(台東区上野3丁目)に移ってきました」

──4代目を継がれた経緯を教えていただけますか?

「バレーボールが好きでして、高校はバレーボールで有名な学校に行かせてもらったのですが、入学するときに父から『この高校3年間で自分のやりたいことを考えておきなさい。3年生になったら聞くから』と言われたのです。3年間好きなバレーボールに打ち込みました。それで、3年生の終わりごろに祖母と父親に呼ばれまして、『どうするんだい』と聞かれたので『店をやらせてください』と答えたのです」

──「継げ」とは言われなかったのですね。

「そうなんです。うちの家系は『やれ』とは言わないんです。自分から来るのなら受け入れるけど、ということなんです。とはいえ僕は長男なので、周りからの圧力みたいなものもありました」

──無言の圧力ですね。

「今のビルは平成5年に建てたのですが、それまでは木造屋の建物で、お風呂がなかったんです。だからそこの燕湯さんという銭湯に行くわけです。自営業の町ですから畳屋さんがいて、ガラス屋さんがいて、豆腐屋さんがいるわけですね、そんな人たちに『おう、若旦那』と呼ばれるわけですよ。そんな雰囲気だったので、小学校の卒業アルバムには『店を継ぐ』ってなにもわからずに書いていたんです」

──高校を卒業してすぐにお店に入られたのですか?

「いえ、『山の上ホテル』で3年間修業させていただきました。僕はフレンチのキッチンに入ったんですけど、ちょうどバブルの頃でして、結婚式や宴会なども多く、とにかく忙しかったですね」

──3年後にお店に入られたのですね。

「店に戻って、父の隣でずっと仕事をしているんですけど、なんとも言えない緊張感があるんですね。仕事が終われば普通の親子なんですが、仕事中は師弟関係なんですよ」

──厳しかったですか?

「その当時、父からよく言われていたのが『オレが亡くなったら次の日からお前ね』という言葉でした。それで店が忙しいときなんかにわざといなくなっちゃうんですよ。少々荒っぽいんですけど、試練を与えられるんですね」

──お父様はけっこう早くに亡くなられたんですよね。

「63歳でしたね。僕が36歳のときで、本当に来たのかって思いました。本来なら葬儀の喪主はおふくろなんでしょうけれど、『料理屋の跡取りなんだから喪主をやりなさい』と言われ、まさにその日から4代目ですよ」

それでは、お料理をつくっていただきましょうか。

銀座線ドリーム駅弁

揚げ油のいい香りが漂ってきた。やはりアレでしょうか。でもまだ内緒!

──銀座線って乗られることはあるのですか?

「小さい頃からよく乗ってました。浅草なんかに行くときも銀座線かバスでしたね」

──浅草にはなにをしにいらっしゃったのでしょう?

「幼稚園の頃なんですが雷門の近くに喫茶店があって、そこでプリンを食べるんですね。連れてってくれるのはウチに住み込みで働いていた掃除のおばさん、いや、お姉さん。だからいつも早く掃除が終わらないかと思って見てましたよ。それからもう少しあと、父といっしょに日本橋、京橋、銀座に外食に出かける機会が増えたのですが、銀座線に乗って座ろうとすると『待て、切符を見てみろ。子供料金だろ。半額しか払ってないんだから立ってろ』と言われたのを覚えていて。今でも銀座線に乗ると思い出しますね」

──お客さんも銀座線で来られる方が多いのでは?

「そうなんです。何番出口から出ればいいのかよくお電話いただきます。そんなときは『取りあえず上にあがってください』と申し上げています。だいたい上にあがるとわかりますからね。その大きな通りが中央通りで松坂屋さんの隣にウチがありますからと申し上げています」

お料理ができあがったようだ。

銀座線ドリーム駅弁

こ、これは有名なあのひと皿では...まだ中身は内緒

──「カツレツ」が有名ですがそれ以外にもおいしいメニューがありますよね。

「そうなんです、コロッケやお魚のフライなどもあります。お肉が苦手という方にもご用意がございます」

──実は僕もお肉は苦手なんですが、こちらのカツレツはおいしくいただけます。

「使っているのはロースなんですけれど、脂身は切り取って揚げ油にするんですね」

と、お料理ができあがったようだ。いやぁ、おいしそう。でも、中身はまだ内緒。

さあ、駅員さんに食べていただくよ!

ご提供いただいたお料理を駅員さんに食べていただくためにわっぱに詰めた。
今回お料理を食べていただく駅員さんはこちらのおふたり。

銀座線ドリーム駅弁

左が村田裕一(むらた・ゆういち)さん、右が稲垣利亮(いながき・としあき)さん。

──おふたりはどういったお仕事をしていらっしゃるのでしょうか?

村田「上野駅務管区の助役です」
稲垣「上野広小路駅の駅務係です」

──上野広小路駅の特徴はどんなものでしょうか?

稲垣「松坂屋と直結していますので、そこへ行かれるお客様は多いですね。また、最近では海外からのお客様が増えてきました。それから大江戸線の上野御徒町や東京メトロ日比谷線の仲御徒町駅への乗り換えのお客様も多いですね」

──お仕事をされててうれしかったことはなにかありますか?

稲垣「忘れ物を発見して、お客様が喜んでくださっているのを見るとこちらもうれしくなりますね」
村田「私はお客様からの質問にお答えしたときに『ありがとうございました』と言われるとうれしいですね」

──おふたりは駅弁はお好きですか?

稲垣「旅行が好きで、新幹線の車内で食べる駅弁をよく買います。とくに好きなのは『こぼれイクラととろサーモンハラス焼き弁当』という駅弁です。イクラもサーモンもたっぷり入っていて美味しいんですよ」
村田「私も旅行へ行くのは好きで、駅弁はよく買いますよ。北海道の森駅の『いかめし』はけっこう好きですね。あとは北海道の厚岸駅の『かきめし』、長万部駅の『かにめし』、それから横川駅の『峠の釜めし』も好きです」

──村田さんは「めし」がつくものが好きなんですね。本日のドリーム駅弁にもあるといいですね。ちなみに苦手なものはありますか?

稲垣「梅干しが苦手ですね」
村田「子供のころは野菜が苦手でしたが大人になってからはないですね」

──本日は上野広小路駅のドリーム駅弁を食べていただくのですが、お腹のすき具合はいかがでしょう?

銀座線ドリーム駅弁

おふたり「とてもすいています!」

それでは、食べていただきましょう。
これが、上野広小路駅のドリーム駅弁ですよ!

銀座線ドリーム駅弁

左側のゾーンが「ぽん多本家」さんご提供のカツレツ、キスフライ、キャベツ。
真ん中のゾーンが、「焼肉上野太昌園 本店」さんご提供の牛スジ丼。
右のゾーンが「中華珍満」さんご提供の手のし餃子。

それでは、実食!

銀座線ドリーム駅弁

おふたり「いただきます」

銀座線ドリーム駅弁

まず稲垣さんが箸をのばしたのが「太昌園」さんの牛スジ丼。いかがでしょうか。この表情を見ればわかりますね。

銀座線ドリーム駅弁

稲垣「うんまー、幸せ!」
村田「太昌園さん、先日みんなで行きましたよ」
稲垣「その時は食べ放題コースを食べたのですが、この牛スジ丼は初めてです。おいしいですねぇ」

──牛スジ丼はランチのメニューなんですが、数量限定で売り切れることもあるそうですよ。

銀座線ドリーム駅弁

──「ぽん多本家」さんのカツレツはソースもご用意しているのですが、まずは塩で食べていただくのがいいそうです。

稲垣「ああ、『ぽん多本家』さんですか、お客様によく場所を聞かれます」

銀座線ドリーム駅弁

村田「やわらかいですねぇ。初めて食べましたよカツレツ。おいしいですねぇ」

銀座線ドリーム駅弁

稲垣「餃子、いってみましょうか」

銀座線ドリーム駅弁

稲垣「皮がもっちもちですよ。中はジューシーですねぇ」

銀座線ドリーム駅弁

村田「あ、本当だ。餃子おいしいですねぇ。味がしっかりついてて何個でもいけそうです」

──そろそろ、気に入ったものを2品挙げてもらいましょうか。

銀座線ドリーム駅弁

稲垣「やはり、まずは牛スジ丼ですねぇ」

銀座線ドリーム駅弁

村田「なんといってもこのカツレツですね」

──あともう一品教えてください。

銀座線ドリーム駅弁

おふたり「こちらになります」

銀座線ドリーム駅弁

稲垣「餃子です! 皮もおいしいし、餡(あん)もいいですね」

銀座線ドリーム駅弁

村田「この牛スジ、やわらかいんですよねぇ、おいしいです」
稲垣「しかし、見た目よりもけっこう量がありますね」

──わっぱの深さが5センチありますから、見た目よりも量があるかもしれませんね。とはいえ、あっという間に完食されたおふたり。

銀座線ドリーム駅弁

この表情を見ていただければ、いかにこのドリーム駅弁がおいしかったかわかると思う。

上野広小路駅周辺は老舗の飲食店も多く、今回のドリーム駅弁もバラエティに富んだ内容となった。駅員さんの満足度も高かったようだ。さて、次はどこの駅のドリーム駅弁をつくるのだろうか。お楽しみに。

※2019年8月19日の情報です。価格はすべて税込み。価格やメニューなど、内容は変更になる場合があります。

ドリーム駅弁 連載一覧

取材協力:

「焼肉上野太昌園 本店」
住所:東京都台東区上野2-8-6
電話:03-3831-6365

「中華珍満」
住所:東京都台東区上野3-28-10
電話:03-3831-8801

「ぽん多本家」
住所:東京都台東区上野3-23-3
電話:03-3831-2351

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