確かな手応えとともに、「次の『あたりまえ』と『ワクワク』を」の実現を
社員一人ひとりの手で形にしながら、次の成長ステージへ。
東京証券取引所プライム市場への株式上場後、中期経営計画「Run!~次代を翔けろ~」初年度となる2025年度は、コロナ禍で落ち込んだ需要が回復したことによる旅客運輸収入の伸びに支えられ、都市・生活創造事業を含む全事業で対前年増収増益を達成しました。営業収益は4,224億円(前期比+3.6%)、営業利益は895億円(同+3.0%)、親会社株主に帰属する当期純利益は590億円(同+9.8%)となりました。
運輸業は、旅客運輸収入の伸び等により営業収益3,866億円(同+3.8%)・営業利益761億円(同+2.7%)となりました。2026年3月には、東京メトロ全路線全駅でホームドア整備が完了※1しました。これにより、お客様のホームからの転落や列車との接触事故減少に寄与しています。同年同月には、新乗車サービスとしてクレジットカード等のタッチ決済にも対応し、より便利で多様な乗車スタイルへの移行が進んでいると感じます。海外鉄道ビジネスでは、英国・ロンドンにおけるエリザベス・ラインの運営を受託し、初めてのO&M事業に着手したほか、ベトナムでの都市鉄道能力強化プロジェクトを完了し、フィリピンでは新たに技術支援プロジェクトを受注しました。都市・生活創造事業のうち、不動産事業では、TS青山ビルやメトロステージPLUS中野弥生町の取得・開業、渋谷マークシティの賃貸収入増加等により、営業収益146億円(同+0.2%)・営業利益43億円(同+4.7%)と増収増益を確保しました。ライフ・ビジネスサービス事業も、M'av浦安EASTの開業等により、営業収益263億円(同+2.5%)・営業利益85億円(同+3.2%)と増収増益となりました。コンテンツ・IP分野では映画「8番出口」の製作委員会にも参画し、映画コラボ企画として謎解きゲームを開催するなど、鉄道の枠を超えた挑戦も少しずつ芽を出しています。人口動態や都心オフィス需要の面で今なお活力を保つ東京という基盤を追い風に、安定的に成果を積み上げています。
もっとも、こうした好調な業績の裏側で、特に運輸業では労務費や資材価格の上昇が重くのしかかりました。人件費が26億円、経費が75億円増加し、利益の伸びを押し下げる要因になっています。日本全体の景気回復や人手不足を背景に、賃金水準を引き上げなければ人財確保が難しい状況は、今後もしばらく続くでしょう。労働人口の減少に伴う労働力制約が一層強まる中、鉄道事業の持続性強化は、中長期的に見て最も本質的な経営課題の一つだと捉えています。だからこそ、人件費の総額を抑えるという発想ではなく、同じ仕事・同じサービスを、より少ない人手で担えるようにすることに軸足を置いています。そのために、自動運転に向けた取組み等を含む新技術やAIの活用、DXの推進を図り、2025年度末時点で9,391人となっている鉄道事業の運営体制について、2030年度を目途に9,000人規模でも十分に機能する体制を目指します。一方で、お客様の利便性向上に資する設備投資を通じ、中長期的な成長を実現する基盤を構築するためにも、経営努力を前提に、運賃改定や加算運賃等の各種制度の早期の実施・適用が必要になると考えています。
中計初年度を総括すると、ホームドア整備や新乗車サービスの導入、新線建設への取組み、既存の不動産開発等を着実に進めることができたと評価していますが、不動産の新規取得価格上昇により良い物件を思うように取得できなかった点や、DXの取組みが計画より少し遅れた点は課題として挙げられるため、次年度以降注視していきます。
このような環境の変化に向き合いながらも、変わらずに大切にしている価値があります。それは、たゆみなき「安全」の追求と、お客様視点に立った質の高い「サービス」の提供です。これは当社のブランドイメージの中核であり、当社のスピリット「私たちの決意」でもあります。鉄道事業においてこの価値をしっかり維持しているからこそ、都市・生活創造事業においても「東京メトロなら誠実に仕事をするだろう」という信頼のもとでお付き合いいただけているのだと感じています。ここは一丁目一番地として、譲れない領域です。
ただし、この変わらない価値を守り続けるためには、私たち自身が時代や環境の変化に応じて進化し続ける必要があります。その一つが、設備の状態への向き合い方です。これまでは一定周期での定期的な更新としていましたが、新たな保全の形として、周期に依らない設備状態に基づいた更新へと移行してきました。こうした一つひとつの進化の繰り返しが、お客様からの信頼を積み重ねていくと考えています。
2025年に、ミッション・ビジョン・バリュー・スピリットからなる経営指針を策定しました。ビジョン以外は既存の考え方を再編成したものですが、新しく掲げた「次の『あたりまえ』と『ワクワク』を」というビジョンがどれだけ浸透するか、大きな関心を持っていました。そこで、この一年は、経営層が各職場を訪問して社員と対話する「メトロキャラバン」や「チームメトロミーティング」といった場も活用しながら全職場を回り、社員一人ひとりとのコミュニケーションを重ねてきました。実際に社内の様子を見ていると、日々の会話の中で「あたりまえ」と「ワクワク」が自然と使われるようになっており、徐々に浸透していることを実感しています。
鉄道事業においては、「あたりまえ」の積み重ねが重要であり、そのために安全・サービスの維持・向上に力を注いでいます。その上で、鉄道を利用する中でも「ワクワク」していただきたいという思いから、謎解きイベントや、商業施設とタイアップしたお得なチケットの販売を進めてきました。都市・生活創造事業を通じて行きたくなる商業施設やレジャー施設を都市につくれば、そこに来ることで鉄道のお客様も増えます。「ワクワク」は、こうした新しい事業を生み出す原動力にもなっていると実感しています。
こうした思いを浸透させる発信の一つとして、社内メディアで自分の考えを伝えることにも力を入れてきました。趣味の話を書けば、いろいろな職場を訪問した際に「バンドやるんですか?」と聞かれます。社長就任時に真っ先に「社長ではなく小坂さんと呼んでください」とお願いしたところ、現場の社員が「小坂さん」と呼んでくれるようになりました。そうした小さな変化を、嬉しく感じています。就任後、最初の半年は駅を巡視していても気づかれないこともよくありましたが、半年を過ぎた頃からは、社員から気軽に声をかけてもらえる機会も増えました。一方で、各職場を回る中で社員から寄せられた声には、経営者としてきちんと回答することも大切にしています。必ずしも期待に沿えない回答になることもありますが、それでも向き合い続けることが、社員一人ひとりが経営の方向性を自分の仕事に引き寄せて考え、率直に意見を交わせる風通しのよい組織風土につながると考えています。一年が経ち、社員の間にもこの考え方がだいぶ馴染んできたと感じており、引き続き浸透に力を入れていきます。
当社グループは、鉄道事業を基盤としながらも、都市・生活創造事業を新たな収益の柱となる規模へと育てていく方針を掲げています。その一翼を担うのが不動産事業です。不動産事業については、規模の拡大に加えて、事業領域を広げていくことが重要だと考えています。これまでは、保有物件からの賃貸収入を中心とした事業を展開してきました。しかし不動産業には、取得した物件の価値を高めて売却する事業や、仲介、プロパティマネジメントまで、幅広い領域があります。物件の保有が事業展開の起点となる面もあるため新規取得は続けつつ、価値が高まった物件については、2024年に立ち上げた私募REIT「東京メトロプライベートリート投資法人」等への売却も活用しながら資産を回転させていきます。賃貸中心のストック型事業と、こうしたフロー型の取組みを、両輪で強化していきます。加えて、ホテル経営・運営事業への参画など、新しい事業領域にも裾野を広げていきたいと考えています。駅に直結した立地は最も鉄道事業とのシナジーが高いためメインに据えつつ、それだけでは案件の数が限られるため、徒歩圏内など沿線のまちづくりに寄与するエリアにも視野を広げていく考えです。
ライフ・ビジネスサービス事業においても、着実な成長を目指しています。駅ナカについては、使えるスペースはほぼ活用し尽くしていますが、廃止する定期券うりばの跡地など、新たに生まれるスペースをリテール等に活用できる可能性があります。2026年6月には、東西線浦安駅の高架下商業施設「M'av浦安」がグランドオープンしました。このように、古くなってきている高架下の店舗についても、大規模なリニューアルによって収益性を高めていきたいと考えています。
新しい挑戦は、必ずしも綿密な計画から生まれるわけではありません。むしろ担当者が、志を同じくするパートナーと出会うところから始まることが多くあります。フィットネスジム「LifeFit」のフランチャイジーとしての出店も、現場の担当者が株式会社FiTとの出会いの中で意気投合したことがきっかけでした。2025年に3店舗、2026年にはさらに1店舗を開業し、現在4店舗まで拡大しています。家庭料理のテイクアウトサービスを手がける株式会社マチルダとの協業や、2026年7月に出資したダンデライオン・チョコレート・ジャパン株式会社も同じように、現場発の出会いから始まったものです。いずれも、沿線の価値を高め、まちに新しい魅力を生み出していく取組みだと考えています。あわせて、当社の鉄道運営のやり方を変革できる技術を持つスタートアップにも、関心を寄せています。こうした協業を進める上で私が大切にしているのは、やってみたいという社員の思いをまず尊重し、止めるのではなく後押しすることです。担当者自身が「ワクワク」しながら取り組んでいる案件は、話を聞いているこちらも「ワクワク」するものです。
こうした現場発の挑戦に加えて、当社にとって肝いりのプロジェクトである新線建設についても、一歩ずつ歩みを進めています。有楽町線の延伸は、東武スカイツリーライン等との相互直通運転により、埼玉県の東武線エリアから臨海部・都心部エリアへの新たな経路を生み出すとともに、東西線・日比谷線・千代田線の混雑緩和にもつながります。南北線の延伸は、羽田アクセスの拠点かつ将来のリニア中央新幹線の始発駅である品川エリアに、当社として初めて鉄道ネットワークを展開するものであり、都心西側へのアクセスの選択肢を広げる意義があります。両路線とも2024年11月に着工しており、建設キロは有楽町線4.8km・南北線2.5km、建設費は合計4,000億円(地下鉄補助2,376億円、都市鉄道融資1,624億円)、開業目標は2030年代半ばです。品川では2026年3月から杭打ちをはじめとする本格的な工事段階に入りました。こうした鉄道ネットワークの充実は、延伸開業後の周辺エリアの発展にとどまらず、東京全体の発展や国際競争力の強化にもつながっていくと考えています。
当社は前中期経営計画から、サステナビリティ重要課題(マテリアリティ)を定め、社会や地球も含むあらゆるステークホルダーに対して責任ある企業運営を行っていくことを宣言しています。2025年度に就任した潮田副社長をサステナビリティ責任者とするサステナビリティ推進委員会を5回開催し、気候変動、人権尊重等のサステナビリティに関する方針や目標、戦略について議論を重ね、施策実施につなげています。再生可能エネルギーの調達やTCFD提言への賛同開示、人権尊重の取組み、グリーンボンド等のファイナンスも、その一環です。CO2排出量については、長期環境目標「メトロCO2ゼロチャレンジ 2050」として掲げた2030年度53%削減※2・2050年度実質ゼロという目標に加え、2025年度には2035年度60%削減※2・2040年度73%削減※2という中間目標も新たに設けました。当社施設外の再生可能エネルギーの環境価値を調達するバーチャルPPAも活用しながら、目標の達成に向けて順調に歩みを進めています。
当社のスピリット「私たちの志」では自律・挑戦・協働を掲げています。自律とは、人に強制されるのではなく、自分なりの基準を持ってそれに沿った行動ができるということです。私が社員に話す時は「まず自律ですよ」と伝えており、自律ができて初めて協働もできるようになると考えています。次に挑戦です。自分が担当している業務内容は変わらなくとも、社会環境の変化に伴って働き方そのものは変わっていきますから、新しいことを学び、これまでと違うやり方に挑戦してほしいと伝えています。自分がなかなか挑戦できない場合は、挑戦している人を後押ししてほしいとも話しています。協働については、従来から組織に根付いており、自律と挑戦を意識していれば、自然とうまくいくという手応えを持っています。
こうした自律・挑戦を後押しする具体的な取組みとして、社内で手を挙げてやりたいことに取り組める「社内複業制度」を設けています。勤務日の一部を活用して、所属部署とは異なる業務に挑戦できる仕組みで、普段はレールの保守をしながら、新規事業であるスケートボードパーク「RAMP ZERO」の事業検証をする社員もいました。2026年度からは社外での副業も認め、社員が自分のやりたいことを仕事に活かせる幅を広げています。併せて社内人材公募も行い、この仕事をやりたいと手を挙げれば異動できる仕組みも整えています。教育は押し付けても身につかないため、自分で学びたいことを選んで学べる環境を用意し、本業とは違う分野で新たな知見や技能を身につけることを促しています。
人財について語る上で、当社グループにとって切っても切り離せないのが多様性の確保という課題です。女性比率の向上を目標に掲げていますが、募集段階から応募が集まりにくく、その大きな要因の一つは宿泊を伴う勤務だと捉えています。女性用の施設も増え、女性が宿泊勤務を行う環境は整ってきていますが、出産・子育てのステージで仕事との両立が難しくなり、離職につながってしまうケースがあります。ここに丁寧に向き合うことで、女性の応募比率や定着率を上げていきたいと考えています。また、社外からの人財を迎え入れる流動性も、もっとあってよいと考えています。異なる企業文化や職務経験を持つ方から思ってもみない意見をもらえることは、私たちにとって大きな刺激になっています。社外の役員と接する中でも、外部ならではの視点に気づかされることが多くあります。
当社は社員が働く環境そのものも進化させています。老朽化していた上野本社建物の課題に対応するため、2026年夏、中央区日本橋箱崎町の新オフィスへ本社を移転しました。将来的には上野への再移転も見据えた一時的な移転ですが、老朽化への対応に加え、社員エンゲージメント調査で得られた意見も踏まえ、業務内容に応じて働く場所を選択する「ABW(Activity Based Working)」の考え方を取り入れることにしました。上野本社で10フロア以上に分散していた人員、他のビルにいた都市・生活創造本部の各部署も併せて、3フロアに集約しています。実際に新しいオフィスでは、フェイス・トゥ・フェイスのコミュニケーションが活発になることで働きやすさと効率の両方が高まっています。
株主・投資家の皆様との対話も、上場後の大きな変化の一つです。国内でのスモールミーティング開催のほか、年に2回ほど北米、欧州、アジア等の海外IRに赴き、皆様のお考えを直接伺うとともに、当社の考え方をお伝えしています。関心事項や重視するテーマは投資家の方によって異なりますが、企業価値を上げてほしいという声は共通しています。取組みを見えるようにしてほしい、確信を持って投資できるよう発信してほしいと、以前にも増して直接的に言われるようになったのが、上場後の変化です。対話を重ねる中で、当社の鉄道ネットワークや事業基盤に対して評価をいただく一方、資本効率の向上や成長投資の具体性、非運輸事業の成長戦略については、より高い期待の声もいただいています。こうした声は取締役会や経営会議にもフィードバックし、開示の充実や課題認識の共有に活かしており、2025年度の決算発表では、これらを踏まえて「鉄道事業の持続性強化」「新たな成長機会の追求」「成長投資の強化」「運賃改定の可能性等の検討」の4つを重要な経営テーマとして掲げました。
こうした声を真摯に受け止める一方で、心温まる場面もあります。非常に厳しいご意見をいただいた投資家の方が、面談の最後に「先日東京に行った際にメトロに乗ったが、本当に良かった」と声をかけてくださることが多いのも、印象深いところです。投資家としては厳しい目で当社の経営を見ていても、一人のお客様としては嬉しい言葉をかけてくださる。これは大変ありがたく、励みになっています。ベストを尽くし、株主・投資家の皆様に納得して選んでいただける会社にしていきたいと考えています。
私たちは、投資家の皆様だけでなく、お客様、社員、取引先、地域・社会など、あらゆるステークホルダーの皆様から信頼していただける会社でありたいと考えています。上場という新しい一歩を踏み出したことで、これまで以上に多くの目に触れる会社になりました。だからこそ、すべてのステークホルダーの皆様に「東京メトログループと関わって良かった」と思っていただけるよう、これからも一つひとつの挑戦を積み重ねていきます。次の「あたりまえ」をつくり、次の「ワクワク」を届け続ける。それが、私たち東京メトログループが目指す姿です。皆様には、引き続きご理解とご支援を賜りますよう、お願い申し上げます。
2026年10月
代表取締役社長
